2018年06月06日

ああ恥ずかしい

ニュースで同じファミリーネイムの人が「死にました、事故で」とやっていた。画面で名前を見るのもアナウンサーの発音を聞くのも非常に違和感がある。不思議なものである。もっと「ありふれた」名だったらなあ、と思うことがよくあった。悪目立ち、とまでは言わんが。
●○○○、○●○○、●がアクセントだが、色んな呼ばれ方をする。関西ではパターン(A)で呼ばれることが多かった。お袋もそう言う。アナウンサーはパターン(B)だった。最近では○○○○さんといったノーアクセントのフラットヴァージョンがよく使われるが自分が鉱物か何かになったような気がしてある意味「気楽」である。


さて梅雨入り。ただ1週間ほども雨連続、とかはしばらくないみたい。だけど、必ず「すんごい豪雨」はある。

突然取っ散らかるけど、あるtweetでこんなのがあった。

【洋楽にハマったのは「がんばれ」とか「負けないで」とか「一万回だめでも一万回やってみて」とか言ってこないからです】

元々、『音楽』なんて必要なかったサルの人々にモノを売るためにはそういった「安易」な言葉が必要だった。だから作る側もサルの人々でないといけなかった。よく言ってることだけどね。日大も公文書改ざんもそういうこちらの国の人々のメンタルが背景になっていること、いい加減に直視したほうがいいと思うんだ。恥ずかしい歌詞、言葉を恥ずかしいと思えないということはね、言葉に対してあまりにナイーヴというウブというか、もともとリテラシーが存在してないというかさ。

先のtweet主みたいな、気付く人が30年前にたくさんいたら、というか当時の欧米ほどの割合でいたら、おれもみんなも運命が変わってきてただろうにね。

政治家とその周辺(メディアも含めて)が言葉をあまりにも大切にしないことというのも同根であると思う。洞察力がなーんにも感じられない。言葉尻、その表面に人はどんどん反応しだし、「シニフィエ」が存在しない、そんな言語になりつつある。japaneseのことだが。少なくとも政治現場の中心ではそうなりつつある。

彼らの吐いた言葉を英訳されることほど「恥ずかしい」ことはない。
posted by 浪速のCAETANO at 12:30| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

natural

■「日と夜、季節、星、太陽。その移ろいを見れば、ひとより偉大な何かの存在を思わずにはいられない。」【チェロキー族】

posted by 浪速のCAETANO at 09:01| 大阪 ☔| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする