2018年06月08日

梅雨時2

梅雨時はswampyな音がとっても良く合う。bayou(湿地帯ね)のcottage、それは湿地からニュッと足が出てその上に建てられたものなのだが、そこで揺れる椅子に座ってるわけだ。湿地帯を滑ってくる風は水蒸気をたっぷり含んでいて大きく息を吸うと少し息苦しい。
音楽は頭の中で流れるのだが、その中で鳴るswampyなギターの音色はエコーチェンバーによって振るわさせられ、広がり、ここはディレイではないのね、エコー、とにかく気だるい。気だるいんだけど、気持ちが自然にbayouに沈んでいくかのような気だるさ、ここ肯定的。

最近、梅雨は結構好きになってる。「南部を目指せ」movementが自分の中で盛り上がって以来、もう20年以上になるけど、その後の「アタマ悪い」夏などよりずっといいぜ、そう思ってる。




こんな感じ。

Jesse ed davis(ジェシ エド デイヴィス)の弾くギターが大好きなのだけど、その弦はbayouの水草でできていて、そのエコーは水面を全方向に進む波であったりする。

天気の鬱陶しさも梅雨なら平気。どーぞどーぞ、である。


飛ぶがあの可愛い5歳の女の子。悲しすぎてね。悲し「すぎる」としか言えないです。せっかく覚えた言葉を「あんな風に」しか使えなかったとは、心が痛すぎて痛すぎて。

あの小さなsoulというかspirit、もし輪廻というものがあるとするなら、もっといい環境にもう一度生まれ直して、とただただ祈るばかりだ。戦地の子どもたちに対する気持ちとまったく同じである。こちらの国もある場面では戦地と変わらない。survivalの場の様相を呈してきている。少なくともあの5歳の女の子にはそういう場だった。自殺者、餓死する人々の存在がそれを裏付けている。ただの経済動物としての人生を強要されてる。ひどい環境だなあ。そこに救いがあればいいが、その気配は政治的には見えないもんね。より黒い方へ、というか黒い方にしか進めないような社会になっている。ツラいのね。

みなさん、各自の現場で踏ん張らなきゃいかんのだけど、どこまでモつことやら。望みは無くしちゃいかんけど、もうキワキワの人、いっぱいいるんじゃないかな?

自分の現場を大切にと、切に思う。


さ、女子大へ。


posted by 浪速のCAETANO at 14:00| 大阪 🌁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする