2018年07月17日

Which to take?

dtはいろいろ言われてるが「エラい」よ。
キムちゃんと仲良く。

そしてプーチンとも仲良く。

世界戦争の危険は以前の20パーセントほどに減少したよ。

さて、こちらのPMのヒト。アメリカのメディアと民主党の意見に従うのか、dtに従うのか、股裂きで悩ましいね。股間痛いんじゃなかったっけ、くくく。
posted by 浪速のCAETANO at 21:46| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その嘘、ホント?

さて、この情報をおれたちはどう受け止めるべきなのだろう?
ロシアのSputnik(日本で言えばNHK インターナショナルのような)に掲載された記事。

こちらの国は既に「核を保有」し。その実験を行なっている。そのいくつかは頻発する「地震」として報告されている。

どう思う?

本音と建前の国であるのは自明であるよね。どう思う?

アメリカ同様というかむしろそれ以上のfake newsであるこちらの国のメディアは報道しないだろうし、「すんな!」と、自動的に言われるだろうけれど、そのことを報じてるのはsputnikだけではない。

真実はおれたちからは「遠〜〜〜ーい」ところに存在するであろうことはなんとなくわかる。dtが公開するという「911」の真実、もうすぐらしいけどね。9月と言われてるよね。アメリカは「先進国」であるから公文書はちゃんと書かれ、保存され、ある時期になると公開される。こちらではそれはとうてい望めない、ということが最近再確認できたとこだが。

If it’s real、北海道東方沖という場所がアヤシイ。北方四島のすぐ南の海中ね。チェックが限りなく甘い地点だと思う。ここは推測ね。論理的推測。

こないだの大阪の、、、これはほんとの地震だと思うけど。流石にそれはね。分からんが。収まっちゃいないのではと思える根拠は震度1以下の体感が難しい地震がいまだに頻発しているからなのね。震度1未満であるからおれの「ゆれくるコール」にも載らない。

安心しないほうがいいと思う。

国の滅びのイメージ。以前には曖昧だったそれがもう見えている。被災地の現状と政治の不作為である。放っておかれる。もうはっきりしたのではないかな。仕事が、という次元ではなくもっとベーシックな生活のレヴェルで滅んでいくということだ。

いろんなことが明確になって来てる。鈍い人でもそろそろ気づくだろう。権力者は非権力者を「犠牲にして」生き延びようとしている。これが一番説得力を持つ客観的な見解かもしらんね。それ違う、というヒト、よっぽどお人好しじゃないのかな?私見ながら。

オウムのロシアコネクションなどもなんだかうやむやになってしまった。上祐くんいろんなこと知ってたよね。それを話したことで彼は一応自由の身が担保されてるのかも。早すぎた司法取引みたいな。これも推測です。

ただ、sputnik記事はちょっと無視できないなあ。色々辻褄があってくるしね。さて、、、、?

posted by 浪速のCAETANO at 11:24| 大阪 | Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Such a Nite

突然の店ライヴだったけれど来ていただいた方、オブリガード。一気に失われたいくつもの命に宿っていたニュートラルなスピリットというか魂ですね、日本語においては、それら(彼らがただしいのかな?よく分からない)と一方的に交信してるつもりで演ったけれど、そのうちの遊び心のあるというか物好きな誰かの魂は振り返ってくれたかもしれない。

懐かしい顔にも会えた。

放射能はないけれど、東日本に匹敵する豪雨被害に心が痛み、だが募金とか以外に何か助けになれないかとは思うものの、大量の資金も時間もない。

気持ちを「寄せること」「祈ること」。ついこないだの地震にしても、一つ間違えば同様の立場になっていた(北区は震度6弱であったから)。あと10秒主要動が続けば、みたいなことだ。

世の中には等しく全員に同様の確率としての「幸運」「不運」しかなく、今回はおれたちはすんでのところで不運ではあったが、「そこまで」不運ではなかった、あるいは不運と幸運がモザイク状に身に降りかかった、というだけだ。

冷酷な政府のもと、「自助」と「共助」しか存在しないような現状の中で、しかしまだCompassion(お互いを思いやる気持ち)があれば「まだ」やれる、と思いたい。しゅんとしてしまうことが一番いけない、と思うからだ。

エネルギーは「伝播」する。最初の行為が奏功するとは限らず、だがそれでも構わない。次の、またはその次の、その次の次の行為に実効が突然現れてもいいの。

実は豪雨被害、ほんとに驚いた死刑のショー化、以外にもう一つ人の死に関する衝撃的な出来事があった。自分の周囲には何年かおきに「死が集中」することがある。今回もそれかなと一瞬思いかけたのだけども、違う違う、その一番後の出来事以外は極めて「社会的な」事象だった。冷静になれていなかった。

音楽を、というかギターを弾き歌を歌えて良かった、そう思う。まあこれはまったくパーソナルなお話でほとんどの方には関係がないけれど。ここはパーソナルな場ですので。

posted by 浪速のCAETANO at 10:50| 大阪 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする