2018年08月07日

鎮魂の日々が始まった

昨日は「広島の日」。
原爆と戦争の事実を知る人はゼロに近づき、その代わり次の戦争が近づく。こうやって悲劇の繰り返しっていうのは「アホ」の証拠やな。

まあまあまだ忙しい。今週は諦めた。来週は余韻。次の次か、次の次の次かな。ちょっと好きなことをしたい。勝手なことというか。好きに過ごしたい。どこでか、を含めて。

どこどこへいく。いいだろう。そういう下品なことはしない。そこ全ての社会性が邪魔で、wanna be nobodyであるだけだから、誰にどう思われたくもないのね。知られないのが一番。ふーっと消えたい。

だから物理的に遠いとことも限らない。

こう酷暑の中に「囚われてる」とそういう気に誰でもなるのではないかな。「つかの間のiyashi 」ですね。専門家やん。

明後日は「長崎の日」。その後、御巣鷹山日航機撃墜墜落事故の日、敗戦の日と続く。公的鎮魂の日々。

なんかこちらの国もまたまたかなり無惨な歴史があり、今もそしてこれからもあることが予想される。覚悟しとかないと、そうも思える。

南海トラフが動くかもしれない。巨大化する台風に大雨、梅雨前線がまた南下する秋前が怖い。最近、綻びが目立つ新幹線に何かが起こるかもしれない。怖い事は必ず起こる。自らにか他人にか、どちらにおいてもダメッジは最早計り知れない。異なるダメッジだけど。すでに「戦時」の様相を呈している。最近の人の死に方を見てるとそう思える。

おれたちは「過去の再現」を未来に求めるが、まあはっきり言うなら、そう甘くはないのである。環境が変わって来てるからね。淡々と生きて死ぬ、それでいいじゃん、と思う自分もいる。ただ、過去に得た快感というのが厄介なのね。おれらは「サル」だねとも思う。サルの「成れの果て」でもさほど間違ってない。感情が霧散していく。感情を持つ事がどうもロクなことじゃない、そういう気もする。感じることは、知覚はしょうがないのだが、そこで反応することはもう如何なものか。厄介な事だな。

世の中はもう加速度ついちゃってて、良き方には変わっていかない。その流れを押し留めるforceももう息切れ寸前。みなさんおのれのことでいっぱいいっぱいなのだ。しかし、そこを誰が責められるだろう。





posted by 浪速のCAETANO at 10:19| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする