2018年10月20日

変わっていくが変わらないが変わる

社会の不具合が顕著だと思ってる。かつてのこちらの国っぽくない。かつての国ではないからだろう、no longer。
もうかつての良かった国はnostalgia の対象となってきた。断言。

対応が間抜け。これで消費税とか、軽減税率込みで上げれば、どエラい混乱を引き起こすだろうね。コンビニのイートイン廃止とか、そういうとこにしわ寄せ来るよね。キャッシュレス社会で喜ぶのは上の方だけ。ホームレスのおっちゃんにもカードを、とか意味がわからない。西成で誰が、いったい誰がカードを使う(使える)というのだろう?西成は「国外」か、ひょっとして。

いきなり飛んだが、戻るが、不具合。

i.e. 昨日の新幹線の全線停止。身近なとこなら、宅配の遅配。

かつてより「鈍臭く」なってる。どんくさい、久しぶりに使う。でんごっつい、とか同様、dying dialect。

出来る昭和のおっちゃんらが退職し続けてる実態もあろうか。トコロテン方式なら出来るおっちゃんいなくなる代わりに新卒が入ってくることを考えれば、暗~くならざるをえんな。

株、先物で勝ってるやつはそこそこいるだろうけれど、企業内での実務者というか地味に仕事しつつ、息子娘を大学にやって、そんな企業人、いるんだろうけど、それは「上手い生き方とは言えない」そんなコンセンサスできていそうだ。

スポットライト当たらないところには「人材」が集まらなさそうなのね。いたとしても不遇かもしれない。サラリーマン文化もまた崩壊しつつある。黒化する会社だらけだし、政策がそうなっているのだから必然かな。

こんなん言うてるおれもすでにout of dateなんだね、その記憶自体out of date 。

よかった時代はonly in memory。最近おふくろの記憶を自己化することが多く、余計にそういう気がするね。現実は別の惑星ほども異なるからね。昔はよっぽどではあるんだけど、例えば一人の人間が生まれて死ぬまでの間にそんなに何もかも変わっていいものか?人の内面はその中でも(変わっちゃいるが)もっともその変化に抵抗するところだと思うんだけど、しかしそれも生まれたタイミングなのかなあ?

あんた、一番二十歳ぐらいの子らと接してんちゃうん?と言われそうだが、うーん、そうねえ、どうかねえ、、、、、、。

まあ、かつての常識のようなものはまたちょっと違うかな、ぐらいしか言えない。また、かつての常識のようなものには自分だって抵抗感かなりあったし、だが例えば、知人の中国人のものの考え方(ここ、かなり資本主義者)にも、今のワカモノたちとのin commonは見いだせると思う。要は「カネ」にヤられてる、のかもしれないね、単に。

カネかあ、、。カネねえ、、、。

確かに強迫観念、あるよね。

みんな、交感神経の活動過剰を生きている、と思えるふしがある。なんとなくだが、そうせざるを得んような。みんな精神病になるわけよね。ガン細胞だって増殖するわけよね。inbalance だもん。

おれは、自分の声で人を眠りに誘える、そんな特技?がある。歌う時の声じゃない。話し声、1octaveほど低い。dialogue ではなく一方的に話す、が条件。相手は「ものすごく」気持ちいいらしい。

最近で言うならおれはクラシックのコンサートよりもサンタナの中盤のパーカッションアンサンブルの時、よー寝たなあ。非常に気持ち良かった。一つわかったのは、前提条件として「寝ちゃいかん」というのがあれば、余計に気持ち良い眠りに落ちることができる。

おれたち、なんかめんどくさいよね。ただ、そゆとこ、普遍的、だとも思うんだ。
posted by 浪速のCAETANO at 11:26| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする