2018年11月29日

コストのかかった言葉

夢を見ているような状態の中、様々なものが様々な角度から崩壊させられているのだが、共同幻想として「夢みたい」だから、やられてる側にリアリティはないのね。やってる側にはある。だからこれは闘いにもならないし、もう勝負はとっくについている。
言葉なんて、と言ってる時もあるが、言葉が支えになる時だってある。そんなconsistency いらんのね。長期的にジタバタするばやいにはね。武器を持った侵入者がいたら、その辺にあるものなんでも持って抵抗しなきゃいけないわけで。もう死にたい、と思いつつも晩メシ何食おうか、など考える。consistency 、要らんのよ。repeatしたぞ。

最近pastiche、始めてる。革命家だったり、うちのお袋の元カレだったりだが、遠く、人類が Homo sapiens sapiens、というかhomo sapiens neanderthalensisでもいいのだが、その意識を地球環境の中で形成して行った際の思い出というか記憶と記録の断片が垣間見れる気がしてnative american の言葉のpasticheが最も頻度高い。大変示唆に富む。

それは環境(大地、空、河、森、海、岩、草木、動物、鳥)を神と呼ぶアニミズムよりはこちら寄りの、思考の骨格が見える、ある種modernな言説であることが多い。発語された時期も多岐にわたるのだろうと思われる。

土地に根ざしたコミュニティの存在が窺えるし、何よりもその発語の本体が一世代ではなくmulti-generationというか祖先から伝えられ続けてきたものであることも分かる。

豊かさとほんとは何か、と考えさせ、教えられることも多く、彼らの祖先がアジアからベーリング海峡を渡って、新大陸を目指したと言う歴史的ロマンチシズムもそうなると重みを帯びてくる。長い長い時間がそのベースにはある。その頃も今も常に時間と環境に翻弄されつつも、そう本人たちはヒロイックな気も持たず、しかし何か情念のようなもの(意志と言ってもいいかな)に突き動かされながらも一歩、また一歩と前へと進んだのだろうと思う。今のおれたちとは重なる部分もあるがそうでない部分もある。物理的にはなかなか難しい。空間的余地の有無という差があるからね。だが意識にレヴェルではさほど変わりはないのではないかな。

まあそうやって内面的になる以外にないのだが、そこにはネットがあり、おれたちは「脳だけの」存在になろうとしているように見えるけれど、それではやはり生物としてのinbalance があって、みなさん多かれ少なかれ病気になるしかないのだが、その病気のハートにnativesの数千(数万?)年掛けて、結晶ができるかのように今そこにある言葉は沁みるわけだった。


posted by 浪速のCAETANO at 11:56| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ノルアドレナリン

■「怒りは自分に盛る毒。」【ホピ族】

posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☀| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする