2018年12月05日

尼崎センタープール、かよ

高輪ゲートウェイ、がダサい。

異次元への「扉」であるはずのgatewayをそこに使うなよ。もっと聖なるものでしょ。SF好き、怒った方がいい。その安易な和洋折衷、かなりダサい。

外国語までも消費、毀損するgreedyなバカ達。

尼市民はこう連想したことだろう。「それ、尼崎センタープール前」やん、と。まだそっちの方がリアルでええぞ、と。

流行語大賞とかもうやめてくれんかな。平和じゃないのに平和を装ってアホの人たち騙すのやめてくれんかな。いや元は平和よ。それを脅かすソースは海の向こうにあるんじゃなくて9割以上domesticということのにみんな気づきなさいよね、早くね。無理?あ、そう。

欲望って形がないから青天井である。欲に欲が乗っかってとんでもない規模の欲(まさしくgreed)が出現する。目の前に、フレンチ、イタリアン、チャイニーズ、和食のコースが並ぶようなことになってる。いや、あのね、食いたいという欲望と食えるかな?というおのれの胃袋のキャパの相関関係、考えとけよな。

そういうことでしょ、喩えるならば。身体の真の欲求と脳の無限の欲望、どっちに拠って立つかは現代人、よーっく考えるべき。脳のそれは、決して実現しないよ。青天井であるからね。なんぼでも「その先」がある。自己目的化、最もしがちな、結局人間が脳を発達させてしまったがゆえの動物以下化という笑うに笑えん超皮肉が待ってる。

自分で自分の足元見た方がいい。他人から足元見られるとろくなことないです。おのれで見ましょうね。

Greedを解放することと自身が解放されることは似ているようで全く違うとおれは思うけどね。こんどーしてる方多いけど。アングロサクソンのgreed真似してもなんか似合わんし。世界の中で飄々と生きていけんかな、おれは最近そう考える。横丁のご隠居のような。地政学的にも、そうあればいいのではないか。隣にギンギンのChina があるが、カネ持ってる度ではかなわんが、センスや過去の経験で一家言持つ。で、結果無視できない、そんな「ご隠居芸」できないかな。

同じ土俵に上がろうとすることが、無芸、無知、無能を曝け出してると思うのね。負ける喧嘩するのってバカ。退いて、斜に構えて、クールに行く。

あのさ、カネ以外の「カミ」をChinese に示せるか、ここがおれたちの今世紀の値打ちを決めるのではないか、とおれは思ってます。世間は全くそうではないけどね。いや、世間は高輪ゲートウェイ、だから。ダサいにも「程が」ある。

「乱暴、乱雑」で「イモ」そんなnegativeが垣間見える、本日、今日この頃。


posted by 浪速のCAETANO at 12:09| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする