2018年12月23日

「最後の」天皇誕生日

「日本人の業」

業というか「病気」ではないのだろうか?江戸から明治へと移行する際にそれは「input」されてしまっていて、それも深いところに、だから事あるごとにそれが頭をもたげてくる、そのような印象。virus。

明治になる事、それもまた【リセット、それもグレイト・リセット】だったのだな、と今思えば分かる。

バカのリセット好きは、そこに由来するのかも知れない。

その業に対して初めて、それを相対化したのが平成天皇と美智子皇后だったのかな、と思う。

【天皇】の成り立ちに関しては、嘘だらけであるが、平成天皇のやられてきたことには何一つ、反論すべき点はない。そのことと天皇制の是非や、その正統性はまた次元の異なる話。

自分の人生を今振り返れば、いやそんな大層なことを言うつもりはないのだが、「生まれ合わせ」として言うなら、昭和と平成を「全くeven」に生きてしまっている。そのことにこないだ「気付いて」「うっ」となったのだった。その「fact」に「うっ」となったあと「ふぅ」となり。その後「はー」となった。

昭和は63年も続いて、その前の大正は15年、そして明治は45年であるから、平成は当初「大正」のイメージがあり、ブリッジというか、過渡期というかそんな印象があった。平成天皇もそういうことを言った、と記憶する。ところが蓋を開けてみたら、その「過渡期が30年」続いてしまった。もはや過渡期とは言えず、それは一つの「時代」になってしまったということである。それもその後の方向性を決定づける「時代」となってしまった、そう感じる。

その後の方向性、というのが「薔薇色」と思う人々っていないでしょう。平成天皇はこの30年間に「戦争がなかった」ことをおっしゃっていたが、次の時代には(要はひろくん)の時代には「ある」ということに、親として大変「辛い」と仄めかされていた、とおれには読めた。遣る瀬無く切ない親心。

もう実質上、長い元号は有り得ない。ひろくんも秋篠宮も「ええ歳」だしね。そしてpoliticianからは「さらに」舐められることだろう。年齢の問題は大きいかな。ひろくんはまた異なる目で天皇主義者たちからは見られるだろう。ただ「皇室の抵抗」は見てみたい。

極論を言うなら「天皇制」自体の存続が実質難しくなると思う。さあどーする右翼の方々。ウヨは平成天皇に「反日」とか言うてるよ。不敬罪極まりないよ。

言いたいことは現天皇までとそれ以降はフェーズが「明らかに」変わる、ということ。pmとかvice pmが「敬意を」ひろくんに表するとは考えられないからだ。さらに言うなら、国民の皆様がひろくんに、というのも同様に思えることだ。いや皇太子は平成天皇以上に民主的で善なるものを内在していると思う。優しい人だと思う。だから余計にナメられんだろうか、と心配している。

日本人の業、を洗う作業も、ひろくんにそこまでやらせるのは酷、な気もする。即位後どういうことを「やり続ける」かにもよる。そこにはかなりの覚悟いるよね。

さて、元号とは中国に由来し、そんなもん、中国以外に(天子を仰ぐ国以外)は許されないものだった。「大化」なんて嘘だからね。近畿王朝の元号は「大宝」から。大宝律令の大宝ね。だって王朝などは近畿にはなかったんだから。8世紀入ってからの話。元号自体は「時間の支配」である。

現在の、そして平成以降の象徴としての「天皇による時間の支配」が現実味から遠ざかり、それは為政者の「ツール」となることがほぼ誰の目にも分かるようになった挙句、「元号の必然性」がそろそろ「?」とならないか?

ということは「天皇」の存在がどうなるか、それはおれたちが最もseniorとなる時代に成り立ちうるか、というのはおれにはよくわからない。

なんかそんなことを書いているうちに、もう「いろいろ終わっていくのだな」ということが実感として立ち上がってきて、ちょっと「苦しく」なってきたから今日はこれで終わり。

意外な展開だった。おれは一体なんなのでしょう?




posted by 浪速のCAETANO at 12:31| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今、試されている

■「危機は人を変えます。普通の人をより賢くしたり、より責任感の強い者に変えます。」 【作者不詳】

posted by 浪速のCAETANO at 10:17| 大阪 ☁| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする