2019年01月15日

今すぐ死んで、バカannouncer

大坂なおみの全豪オープンの一回戦を見てた。
危なげない勝ちっぷり。コート上でオーストラリアのインタヴューを受け、その後だ。バックステージで、日本のバカアナウンサーが、「日本語で答えてくれませんか?」

あからさまに嫌な表情のおおさかなおみさんだった。

あんな、彼女がjapanese を流暢に話せればそれはいい。微妙なことが言えないから、英語で喋るし、通訳もいるんだから、なぜそれを要求する?

お笑い芸人ではないのだ。大変な場から帰ってきた直後なのだし、大坂なおみがdomesticの人気を考えとかないと生きていけないわけじゃないのだ。このクソな国から自由なメンタルなのよ。そこわからんか!サル!

お前らは、ホンマにこちらの国「だけ」の見場しか頭にないサルだし、全てをヴァラエティ番組感覚で放送しようとするし、SPA編集部のメンタリティとほぼ相似形であることを自覚せえよ、このタコ。ダサいんだよ。

世界を知らんちゅうことは、これは政治家からミュージシャンまで言えることだが、「この目の前のことだけで生きていける」とかラッキー過ぎるし、そのラッキーがいつまでも続くと信じて疑わないわけだと思うが、それがお前はひとりのチンパンジーであることの証明である。

ローカルとグローバルは「クラインの壺」で繋がっていることをーわかんないやつは全員サルなのよ。

ご愁傷様。チーンだね。
posted by 浪速のCAETANO at 20:58| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さもしいだらけ

美を何かに役立てやうなどとさもしい了見を持つのは、美のほんたうの理解者ではない。

posted by 浪速のCAETANO at 13:35| 大阪 ☁| Comment(0) | 寺山がパパだったかも知れない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

How Music Works 【completed】

Acknowledgement はトイレで今訳し終えた。


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第10章もあとjust 1 paragraph、およそ10行残してある。今夜、大学から帰って店で「翻訳performance 」をしようと思っている。

長かったようで短かったようで、どっちなんだろ、よくわからない。

Acknowledgement の中でd.b.も言っていたが、autobiographyとthink piecesのどちらでもないーーーが少しだけはどちらでもある、という本である。そこにはおれも深く同意する。

そのquotation の数を思えばおそらく300ほどの文献を読んでいる。それだけじゃない。いろんなミュージシャンの収支の分析や自分の収支の報告は業界の繋がりみたいな、それこそd.b.のpublic imageからは最も遠いと思われることだし、業界の協力者なしではありえない。音楽と音楽ビジネスに関する「全て」のことが【How Music Works(いかに音楽は機能するか)】というタイトルのもとで展開、深化されている。

編集も大変だったろうなと思う。acknowledgement に列挙されている人々への謝意はd.b.心からのものであると信じる。

ほんとに【すごい本】だった。頭の中を共有できた時間(ほぼ2年半)に感謝しています。

楽しかった!
posted by 浪速のCAETANO at 12:02| 大阪 ☁| Comment(0) | david byrne | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怨霊、人麻呂、そして、、、

梅原猛さんが亡くなった。合掌。
おれもたくさん読んだ。まだ読んでないものもある。哲学から始まり、仏教、神道、いろんなことを教えていただいた。巨人であった。スーパー歌舞伎の台本であるとか、エラい先生であったのは当然だが、その視線は常に大衆の方を向いていた。語り口がかなり魅力的というか文章が上手であったなあと思う。その圧倒的な筆力で、それも難解ではないという稀有な方だった。wingも左右大きく広げられていたな。その点、その後の脱構築の走りだったという気がする。

古代史もまた独自の解釈で書かれていた。法隆寺を怨霊の鎮魂のため、であるとか柿本人麻呂の「水底の歌」であるとか、夢中で読んだなあ。面白かったのだ。古代史に関してはさらなる「authentic」にその後出会ってしまったから、おれの中ではsteppin’ stone みたいになっちゃったが、古田先生のauthenticは梅原先生の太子論、人麻呂論があってはじめて強く担保される。偉大な「steppin’ stone」だったよ。ぜひ対談していただきたかったなあ。梅原先生の方が避けられた。とても残念。

その知性の幅と深さ、清濁併せ呑む懐の深さ、やはり巨人という言葉がぴったりだ。時代がこうだから、年代下るにつれ、学者が小粒化するのはしょうがないけれど、平成が昭和の延長線というか昭和のいろんな意味でのケツ拭き期であるとするなら、昭和からのホントのリセットが平成の終わりとともにやってくるなという実感が強くされて嫌な感じ。タイミングだなあ。もうすでにおれたちはpost歴史を生きているのだけど、そうじゃない気が梅原先生がいらっしゃったりしたら、ちょっとしてたんだよね。しかしそれも「名目上もまた」終わった。そういう気がしている。

再度、合掌。



posted by 浪速のCAETANO at 02:10| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする