2019年02月28日

高めの速球、ビーンボール気味

限られた情報しか得てないが、キムちゃん、今回は「功を焦った」か?
dtの側から言うならコーエンが足引っ張ったか?

pm、ツいてる。追い風である、だとするなら。

困るのは文ちゃんかな?

明日の記念式典でのスピーチ、こちらに「八つ当たり」なければいいが。

ちょっと嫌なムード。

「議題に上った」ぐらいで物事は解決せんでしょう。騒ぎ過ぎだ。もう被害者家族会、pmを見限った方がいいと思うけどね。絶対やる気ないし。というかね、解決したら「困る」んだよね。だから解決しないままで「先延ばし」をずーーーーっとしてるの、わかんないのかな?それが彼の身を守ることになる。

でも、ホントかね?「議題に上った」って。white house はそんなこと言っていない。
「大本営ちゃうか〜」と斜視になるひともいるんちゃう?証拠のないことって言いたい放題だもんなあ。ministry of foreign affairs of japanの発表というのが「眉唾」もの。

もうすべて、「信じられない」レヴェル化してるのが現在進行形じゃなかった?


だが、ちょっとキムちゃん、誤算である、そんな気がする。限られた情報ながら。



posted by 浪速のCAETANO at 17:57| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明日ってさ

あったかくなりだして、油断したのだろう、おれ。喉をやられてしまった。季節外れの「マスク」。今年、マスクでだいぶ助かったけど。もうええかな、と思ったらやられた。
マスクの効能はおれにとっては喉保護。それに尽きる。喉の乾燥が最もいかん。全ては喉からだった。今年はなんだか「訳の分からん症状」が出てアセったのだが、まあそんなこともあるでしょう。ひと回りしたんだから。

今日は雨で、そうあったかくもないが、15時ぐらいには雨は上がり、明日からもまたあったかそうだ。歓迎。

さて本日で如月は終わり、明日から弥生。弥生初日は「サムイル(3-1)O 100 o Anniversario 」とoと0が並ぶ、なかなかの大変な日だ。その日を建国の日にしようという意図もある、と聞く。他国の思惑に口を挟むことはしない。で、渡航抑制を、など言うているが。こちらの国の鶴橋界隈の方が「危険」な気もするが。

ごく一般的な感覚で言うと、まあ、こちらが「加害者」であちらが「被害者」であることはおそらく誰も異存ないと思う。どお?ここ「ちゃうし」言われたら「まぢで!?」とそこからちゃう理由を延々聞いてツッコマんとあかんくなるが。まあ、異存ないとする。

で「もう片ついとるやないかい!」というのがこちらの国のある勢力の言い分だね。

立場を入れ替えてみたりして。こちらが被害者になってみたりして。殺人事件の被害者ということにしてみたりして。

刑事裁判も民事裁判も終わったことにして。賠償も済んだ。

犯人への憎しみは、悲しみとともに、おそらく「消えない」。

過去には深く反省の「談話」が2度ほどあった。

が、最近、向こう側の代表が代わって、急にその周辺のいろんな人々が、「もう一回死ね」と言うような意味のことを言いだしてきた。中にはその殺人そのものも「なかった」という意味のことを言う人もいる。その後で、「ちゃんと賠償終わっとるやないけ!」と吐き捨てるように言う人々もいる。売り言葉に買い言葉、代替わり、じゃあ「もう一回賠償せんかい!」と言う意見もこちらから出る。

犯人への憎しみは、悲しみと共に、おそらく消えない。

こちらのリーダーも昔別れた同胞との再統一で心が揺れる。リーダーは北の方の人だった、元々。ある種のナショナリズムが心に激しく湧いてきている。別れた同胞との再統一の可能性であるからここは抑えきれない。

言葉の泥仕合は一家の安定を生んでしまう。自分の立場も安泰にする。

被害者にとって、加害者からの一定期間過ぎたあとでの蒸し返し、それも汚い言葉で、というのは弱い人なら悲しすぎるし、強いひとなら「逆f@uk u!」となろうかと思う。

向こうのリーダーが代わってそうなった。本人が言うわけではなく、周囲に「言わせてる」。その証拠に、言った本人を厳しく「罰しない」。「許容」と映る。周りからは「よく言った」だし。

酷いのになると「被害者を再度殺せ」などというプラカードなどもある。007ではないのだ。そしてそっちの保安担当者は、そこを取り締まらない。全てはリアルに報道されている。

あのさ、心が篭らずに、単なる「賠償完了」、はいおしまい、もう終わったやんけ、ぼけ!ではあかん気がずっとしてた。

お話は終わって、今こちらの国の態度、というのはここ数年の、だけど、罪はつぐなったやろ、もうごちゃごちゃ言うな、カネ払ったやろ、ごちゃごちゃ言うな、蒸し返すな。もういっぺん殺したろか?

非常にぶっちゃけて言うなら「そういうこと」な気がしてた。加害者の贖罪の気持ちは被害者の気持ちには重ならない。だがそれこそ「寄り添う(ほんとの意味で、pm用語ではなくて)」努力を「永遠に」続けることが、できるできないは置いといて、「理想的」ではないのかな。

という理想論。

被害者は加害者を「なかなか」許せない。被害者の気持ちになって考えると、そこもまあわからんでもないな、とならんかね?

で、そこからはそういった感情を出来るだけ抜いてやっぱり話し合うしかないのでは?

そういうことが政治の仕事。おれはもっとgrass rootsだけど。






posted by 浪速のCAETANO at 10:30| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

fact

Factでいこう。

DD938D48-33A4-4EDD-A6D9-EE1FB926D74F.jpg


この貧弱な投票数で、独裁がなされてることはおれたちは覚えとかないといけないと思うよ。

それに比べて辺野古の反対は十分なsignificant difference と言える。

もう国会には協力できませ〜ん、という統計委員長の「嘘メール」を流布してた、もうアホのくそガキ的むちゃくちゃである。

幼稚、やねん。こないだ岡田くんから「取り消しなさい!」と言われた際の「取り消しませ〜ん」とか、amongバカウヨ、湧いたろうなあ。想像に難くない。

口喧嘩に「負けたくない」んだね。クソガキの証、というものだ。

64 years oldのクソガキ。宿題やったことなし。人の話を「理解できない」から、逆に「強い」、これがまた。論理に長けた野党のみなさんにはちょっと同情を禁じ得ない。これ普通のpmであれば「論理破綻」は致命傷である。だが、バカ過ぎて話通じないもんね。変なとこでキレるしね。周りが「は、、、、?」てなってること多いもんね。

だいぶ、飛んだが、戻るが、17パーセントとか、「少数異見」よね。1/6。で議席は2/3というのは、制度に問題がある。が、オセロ状態もまた、可能である。

となれば、「how」だけがissueである。答えは出てるよね。

ある種バランスを取りつつ一本化して(そこがさらなるkey issueであるが)対決するしかないね。そして選挙が終わればまた各partyへと戻っていく、そんなことができればいいのにと思ってる。そんな甘くないよ、現実は、とかいう人間がいるだろう。だが、甘くないの意味が分かりません。甘くない、ってどちらかというと消極的というより「積極的」に見える「現状維持」じゃないのかな?彼らのためではなくおれたち国民のために「公僕」として働かせるわけで。特段かれらが偉いわけじゃないから。もう一度、そこを考えてみるのもよかろうね。そこ、伝統的お上意識の抜けないこちらの国の人間は、政治家やTVに出てる人間に対して「寛容すぎる」というか「卑屈」というか、別に「対等」でしょ。そういう構図を「啓蒙する」バカにこそ、中指たてんとあかんでしょう、まずは。

はい、もう一回上のtableを見ておこうね。たったの17パーセント「しか」取れてない。skg混ぜても1/4もいかない。

Fact.

Looks 土建屋の沖縄1区はリアル土建屋で、笑った。これもまたFact.


posted by 浪速のCAETANO at 19:12| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

From the poor to the rich

■「おまえが大きな船に乗り、私が小さなカヌーに乗っていても、私たちは同じ生命の川を分かち合わねばならない。」 【アメリカインディアンの古老・オーレン酋長】

posted by 浪速のCAETANO at 18:18| 大阪 ☁| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月26日

お人好し

最近、ここ暗い。仕方がないんだよ。無力感が募ることだらけであるからね。
その土地と、地面と繋がってる人々が確かにいて、おれなどは生まれた場所から離れてしまったが、そうじゃない人々っていうのが「確かに」いて、そんな人々にとっては子供の頃から親しんできた土地というのは自分の身体性と一体化してると思うのね。

象徴的なのが辺野古だと思う。おばあたちがそこに座り込むのはだから本当に心からのことだと思う。おのれの身体が赤土で「陵辱」されているからだ。その後には数万本の杭を打つという。「陵辱」以外の言葉が浮かばないんだね。

一見、どうでもいいことに思えるとするなら、それはみなさん、共感性に欠ける、ということじゃないかな。何ができるねん?とかではなく深く共感するところからしか始まらんでしょ。部外者の行動は逆に効果がないかもしれない。逆説的だが。おのれがいる場でできることだってあるからだ。

dtへの申し立てはまだ希望があるかもしれない。pmはダメである。軍産複合体に取り込まれてしまいつつあるdtだが、沖縄の基地の問題というのは彼にとっては「遠い」こと。であるからこそ、希望のカケラをそこに見る。カウンターパートがpmだからその希望があっという間にたち消えるのだがデニーちゃん、トライする価値はある。なんらかの前進を勝ち取ることができるかもしれない。シロートオピニオンだが。

たとえ、得る果実がなくともやる価値はある。沖縄mayorがthe president に相対したという事実は将来に繋がるから。

遠い話だけど、将来のひょっとしたら「独立」にそこは貢献するかもしれない。

本土を相手にしても暖簾に腕押しだもんね。

ほんとうにこちらの国の人々は「愚か」という形容がピッタリ。

郵政・水道・農業・漁業、ぜーんぶ「売られました」。

日銀が刷っている一万円札、あれは皆さんご存知のように「不換紙幣」である。なんの保証もない。価値が「担保されていない」紙切れ。ただみんなが「一万円だよね〜」と言ってるから一万円の値打ち(国内的に)「ということにされている」だけ。

そんなフワフワの座布団の上におれたちはなーんか「座りごごち」悪いなあ、なんて思いつつもしょっちゅうケツの位置変えながらなんとか座ってる、みたいな。

ただ、あのバカみたいに刷られてる大量の紙幣がモノと向き合った瞬間、どエラいことが起こるよね。今、外に遊びに行ってくれてるから、対峙がないけどね。でも、それが一旦チョクで向き合ったら「こわいですね、こわいですね」と淀川長治先生化するのだが、その事態は「ハイパーインフレ」ということになる。

トイレットペーパー買うのに札束積み上げ、なんて最近ラテンの国で見たようなバカげた事態になる。

しかし、さ、最近モノの値段ちょっと上がってきてるよね。それに伴い、あなたの収入も上がってますか?

「上がってるよ」と涼しげに答えれる人はいい。

ただ、今統計で国会大変だが、pmの喧伝に騙されていたおれたちってのはいないの?おれたち「かなりの、お人好し」ですよ。「愚か」と言い換えれるほどの。

他は全然だが、経済が回ってるからユルす、と思ってた人も多いと思う。そのメンタル、カスやねんけど、その頼りにしていた経済の指標がウンコまみれだとしたら、拠り所がそれは崩壊することになるでしょ?

で、何度も言うがおのれの「肌感覚」はどやねん?ということになる。スマホ全盛の今、「パパはなんでも知っている」のパパはスマホだったりもするわけで、ほとんどみんな「考えないというより感じなく」なってきてるから、権威的な数字には弱いと思うが、その肌感覚によって以前よりいいとか悪いとか感じれなかったらもうそれは「人以外」の何者かなのであって、それってちょっと危惧するところといいますか、おれは心配してる。というかね、そここそがAIを超える部分だと思うから。

最近、空気に向かって何かをいうことに慣れてきた。いつからか、おれは空気に向かって「歌ってた」そんな歴史もあるから。

お、大学行かなきゃ。





posted by 浪速のCAETANO at 11:28| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月25日

Indeed

幸福は個人的だが不幸はしばしば社会的なのだった。

posted by 浪速のCAETANO at 17:58| 大阪 ☀| Comment(0) | 寺山がパパだったかも知れない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バカの屁理屈; ほとんど逆効果(泣)

バカの屁理屈;
レファランダムで、「反対 434273票、賛成 114933票、どちらでもない 52682票、これに投票に行かなかった55万余を加えると、『反対 43万』『反対以外 71万』」

で、すぐさま言い返される。

「じゃあ、あんたの得票 34215票、あんた以外 235460票だね」と。

バカはこれだから困る。沖縄1区の維新だけどね。頭の悪さが顔に出てるタイプ。

まあそんなこと言い出すと、国政選挙の「比例代表」なんて野党トータルは与党トータルを超えてるわけだからさ。なのにLDPw/skg、議席では圧倒でしょう。その選挙のルールには従うしかないんだから。

だから「バカの屁理屈」だと言ってる。非常に「浅はか」な男である。

さて、埋め立ては「最低でも2兆5000億、13年」かかる。これ、最新情報。何というか、おそらく、その「完成」にも興味はないのだろう。

オリンピアード、エキスポなんかと同様の「土建屋オリエンテッド」の中の1つだということがわかってくるね。

だからその工法(サンドなんちゃらかんちゃら工法」で出来るかどうかもよく分からない。今、まさに今、枝野が予算委で質問しているが、前にも書いたがマヨ土砂90mの実績はない。国内での実績は45mほど。今国会で言った。

だから「出来なくてもいい」んだね。今、土建屋に請求書が発生することが大事で、それは一周回ってチャリンということね。

先ほどの沖縄1区、ルックス土建屋だけどね。ヒトは「見かけ」でもある。やましいことがある人間は顔と雰囲気に出る。

いろいろコストがかかったレファランダムだった。でもやった意味はあったよね。世界中がその結果を知ったこと。こちらの国の国政がかなりイんでることが周知された今、外から見たら「人道上・道義上」正義はどちらにあるかは容易く理解できるのではないかなあ。

Putinなどはもうpmのこと洟もひっかけなくなると思う。

dtがイヂワルしてるのは他所の国の人々だがpmがイヂメてるのは紛れも無い「国民」である。いや、各国の首脳がこれらのことを「どのように」見るかを考えれば、もう少しまともな対応を考えるべきじゃないかな。かえって心配になる。それは外交の場面において瑕疵が露呈する可能性、そしてそこに付け込まれる可能性を示唆しているからね。人として信頼に値しない者を交渉のカウンターパートとして果たして認めるだろうか?そんな危惧を感じる。おれだけじゃないと思うよ。

で口だけ「真摯に」「寄り添う」。これはさあ、pm supportersにとってもあまりいい影響を及ぼさないと思う。事実LDP支持者のおよそ「半分」が今回【反対】してるよ。

さて、この結果、pmたちは「ないことにしよう」という力学で扱おうとするだろうが、そうはいかないのではないかな。そんな気がしてるね。

人の心を踏みにじるのも大概にするべきではないのかな。

posted by 浪速のCAETANO at 13:13| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

無視はできるが無視もできない

@沖縄、「反対多数」ということになりそうだ。
で、どうするの?

いかに「法的拘束力」がないとは言え、「直接の県民の意思」を全く無視、というわけにはいかんと思うが。

こうやって、あまりに非民主的なことを続けていると、煮詰まってくる。先鋭的になってくる。互いの前線が「最前線」化してくる。

「県民の意思を真摯に受け止め」と「移設計画は何ら変わることはない」という自己矛盾に、普通は、その「分裂」に苦しむことになるのだが。ただし、もはや「ヒトではない」輩が中枢にいる場合はね。どうだろう?

だから「ヒトに」戻さないといかんね、彼らをね。pmはもうしょうがないとして、望月さんに「苛立つ」という「感情」を日々表現しているsecretaryはまだ戻る可能性があるかもしれない。「苦労人」にちょっと期待したくもなる。吉祥寺大卒やセメント屋はボンボンなので無理だと思う。が、苦労人は?法政の夜学じゃなかったっけ?間違ってたらゴメンちゃい。

実はあの酷い態度と上村に邪魔させてるのは「おっさんの弱さ」の裏返しである。あのおっさんの、が正しい。固有のね。

非常に「人間的」なものを感じてた。人間的=いいもの、というだけじゃないよ。しかも、おっさん、沖縄担当大臣ではなかったか?

人を人とも思わない、がこちらの国の「バカ2トップ」だから、そこはもうどうしようもなくて、そうねえ、やっぱりsecretaryかな、と思う。明日の記者会見でも、なんぼ腑抜けの記者たちでもそこは「本日のkey issue 」であることは間違いない。それを「真摯に受け止める」ということを一応言った直後に、計画には変わりがないと続けざまに言及することに「痛む」だろうと思うのだ。痛め、もっと痛め、そう思う。

President へもその結果は行く。これが一年前だったらなあ、と悔やまれる。今のdtはバノンとかがいた時のdtとは違うからだ。こちらの国のdt批判ってちょっと的外れだったのだけど、異なる方向から移動してきて、結果的にはその的外れの批判対象に重なりつつある。so sorry.

今って「アメリカ」の「民主社会主義者」にempathetic 、という意外で皮肉な状況になってる。リアリズムと呼応したアメリカの(このことはこちらの国でもそうあるべきなのだけど)socialismは希望があると思うのね。政治や社会状況もまた「swinging 」でいいからだ。いつだって「行きっぱなし」はあかんのよ。揺り戻しが必要で、ど新自由主義の社会においてはそのカウンターは社会主義、でいい。昨日たまたま、BSで連合赤軍の顛末、みたいな番組、見たが、あれは45年前だけれども、当時は「早過ぎた」。ソ連や中国、でさえ早過ぎた、と言える。早過ぎた証拠が「独裁化」だと思う。cubaはよくわからんが、音楽があったからまたちょっと様相が異なる、ぐらいしか言えんが。

ただ資本主義は「行き過ぎ」ている。だから、人間はほんとバカだと思うのは、なぜ「どっちかばっかり」になるかね、ということだ。

ここまで欲望全開にした人数が多い時間帯はなかったはずだ。もうそれが社会の「がん細胞」であることは自明なのに、みなさん「進んでがん細胞化」を競う。ここが「バカ」でなくて何と言えばいいのだろう?よくわからない。

社会主義も新自由主義もblack boxではなくて、その都度その都度の微調整の材料ってそこにしかなく、競争と平等化をうまくブレンドして均衡を取りながらやっていくしかないじゃないか、と思う。そして、そこが「リベラル」という立ち位置だと思うけどね。

さて、明日はsecretary の会見での「揺らぎ」に注目している。
posted by 浪速のCAETANO at 23:36| 大阪 | Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

象徴的な

もう本日でこちらの国終了なのではないか。
ふとTVを付けたなら天皇が喋っていた。それはいいのだがその後、pmの発声での「天皇陛下万歳」はないやろう。

それやられんのが一番嫌いな平成天皇が押し切られた瞬間だった。

うえからのpmの独裁が決定した瞬間を見てしまった。

いや、象徴的だった。象徴的すぎた。

奇しくも今半藤一利氏の「昭和史 」A面、B面読んでるが、なんか歪というか、やはり封建的なものから脱却できてないというか、精神の風通しが大変悪い社会であるな、と実感する。

ヒロくんで「最終」でいいかもね。まあ、それに変わるもの(それによって我々が品位とプライドを保つ根拠になる何か)に関してアイデアがあるわけじゃないが。


まあしかし、バンザーイはもうあかんよ。しかも発声がpmって。もうおれらは「大日本帝国」である。そんな宣言と見た。見えるもん。

若者→兵隊ってことよ。いいの?

おれは事あるごとに、こちらの国を「離れなさい」と言ってるし、留学生にも、スポットとしているだけにしとき、と言っている。これからも言い続ける。さらに強い口調で。

そういうきもちがつよくなっただけのはなし。
posted by 浪速のCAETANO at 15:35| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月23日

〜primavera

「記者が国民の代表ではない」とsecretary がほざいたそうなのだが。
国民の代表は国会議員だけだそうだ、おっさんが言うには。ジャーナリズムへの恫喝、でいいと思う。

ねえ。やっぱり「報道の自由度 ; 世界72位」を誇る国である。さ す が!

「あーあ」なのは、pmがヒロくんに1:1で会いに行った、ということだ。さて、何しに行ったか?

新元号は、、、、、、「、、」だよ。よろしくね。かな?

ただ「お誕生日おめでとう」ではないと思う。

軽んじられるだろうなあ、と懸念する。


昨日、ふと思い立って、淀川べり外メシ。自主制作弁当の中身はスペアリブ、紫蘇入りだし巻き卵、竹輪をキュウリで強姦じゃなく竹輪の意向も聞いた上でのソーニューしたもの、鮭のフライに18穀米に瀬戸風味パラパラ、そして南部の梅干し大。うんなかなかいいラインナップだった。

春の証拠はあちこちに散見できた。風や日差し、人のリラックス度、などなど。おれも上着を脱いでたな。

こういうの、ホントに忘れてるのね。アホの証明、だが。寒さと多忙で「完全に」意識の外にあったもんね。まだ、ちょっと残ってるが。

だが「啓蟄」が近づくにつれ、おれも「人間が変容」してくる。まあ単純というか。そのsimple は許容してる。おのれの「動物性」は生きてる証でもあるのよ。

広義のおれの春休みは今年はどうかな?ここ、「定点観測」のようなもので、去年と、一昨年と比べてどうか?みたいなことだが。どれほどの余裕があるかを見ることで次の戦略を練る。フリーなオトコのフリーな人生においては当然のことである。敷かれたレールの上を歩いてるってわけじゃないから。

嫌な仕事をせずに生きていかないと意味がないのね。そこは絶対に譲れんとこ。だからこそ分析が要る。その分析は多忙な時よりヒマな時の方が比較対象になる。そこはagingとの絡みもあって、いつまでも同じことをやりたいか、やれるか、とかそんなのもfacter である。興味の変遷にも興味がある。要は、結局さ、自分のことって「分かってるようで分かってない」。自分に驚くってこと、何度も経験してる。ちょっと視点が変わることであまりに意外な自分が出現する。life is swinging.

環境との絡みももちろんある。環境はもう悪化の一途であるから、その中でのニッチは数・面積ともに減少していく。その中で小さな窪みを見つけて二本指でぐいーっと拡げる。いや二本指じゃなくてもいいんだが。イタチごっこの様相。まあそれが出来なくなれば「潮時」ということだ。

こちらの国が「独りよがりの戦争」へと向かっているのはもう自明である。「見たくない・聞きたくない」と故・南方師匠化してる方、多いけどね。

NHKが国会やってるにもかかわらず、ニュースでな〜んにも言わないが、国会はネットで見ることができる。「考えさせない」「考えるきっかけを与えない」「考える時間を与えない」これが【手】なんだけど、まあみなさん、そこのツケはいずれ「おのれでprice to pay」です。せいぜい貯蓄しておくことだね。お金の問題だけ、というわけでもないのね。目に見えて、しかも計算できることばかりじゃない。それもいずれ分かります。分かった時はtoo lateだけど。

それでも地球は、そんなことを知ってか知らずか「公転軌道」を進んでる。まあ、地球を生命体と捉えれば、おれたちの生命などは「replacable (置き換え可能)」。もっと地球にとって「好都合」の種がいるはずであるからね。公転軌道を粛々と進むgaia に感動するんだね。「お前アホか?」という声が聞こえた気がしたが、気にしない。全然。

季節の変容の中で、冬〜春というのが一番象徴的でドラスティックで感動的である、と思うのだけど、賛同していただける方、いくらかはいらっしゃるのではないか。






posted by 浪速のCAETANO at 11:14| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

Okinawa

元米国務長官首席補佐官ローレンス・ウィルカーソン氏。
『つまり、海兵隊が現在も沖縄駐留を継続している元々の判断をたどれば何ら日米の安全保障とは関係ありません。沖縄駐留を継続した方が必要経費を節約できるし、何よりも海兵隊という組織の政治的な立ち位置を守ることが出来るという分析だったのです。』

必要経費の節約とは「思いやり予算」だけどね。

沖縄の県民投票、注目してる。

ロブくんが大阪の入管で110分足止めされ、「なんで来たん?なにしにきたん?」と質問をされた、という。ロブくんは「japanは民主主義国だと思ってたけど、違った」と言っている。あーあ、だね。

スパイ大作戦。mission impossible のベースになったtv 番組だが、その舞台の6〜7割は東欧・南米・中東だった。大抵は「非・民主国」で、独裁、賄賂、拷問、などが横行する無茶苦茶状態で、その中でフェルプスくんやシナモンちゃんが迷路を辿るかのように、mission impossible をpossible へと、そんなことなのだが、その舞台のような国になっちゃってる。japanが。外から来た人の視点からははっきりくっきり見えるだろうね。

で、担当のおっさんは「こんなことしたくなかったんやけどな、【上から】の指示やねん」と告白した。

「上」てどこ?だれ?

報道の自由度72位。

ウィルカーソン氏;

『在沖米軍は台湾有事であれ、南シナ海有事であれ、米軍の戦闘力にはなりません。』

中国対策;

『海兵隊員を沖縄に置くよりも、米本土から核搭載可能のB2戦略爆撃機を日本周辺で飛行させる方が効果があります』

辺野古沿岸にせっかく基地を作っても、気候変動による海面上昇で自然災害を被る可能性や、外部からの攻撃に非常に脆弱なこと(2・3発の精密誘導弾の攻撃で滑走路は跡形もなく消え去ること)なども指摘している。そして;

『戦略的な観点で言えば、辺野古の基地建設は【愚かな計画】です。もし私が首相の立場なら現計画に固執して沖縄の人々と敵対する手法は取らないでしょう』

ウィルカーソン氏は息子ブッシュ時代のパウエル国務長官の首席補佐官ね。戦争だらけの政権だったこと、覚えてるかな?


マヨネーズ状の地盤は90mの杭を打ち込まないといけないという。こちらの国の「実績」は最大で65mまでしかやったことないってさ。

実験か?

いくらかかるかわからない。何年かかるかわからない。反対する人々の写真を撮って共有しているともいう。警察国家、公安国家であるね、最早。

何度も何度も踏み躙られる。








posted by 浪速のCAETANO at 11:49| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

風が吹けば、、、、、、

■「信じることが価値を生む。価値は考えを生む。考えは心の反応を生む。心の反応は態度を生む。態度は行動を生む。」【作者不詳】

posted by 浪速のCAETANO at 21:39| 大阪 ☁| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小川くん

国会を見ている。(ヒマか?)
しかし、こう自分ツッコミを入れとかないと「なんか変な人」みたいな設定になること自体が「ヘン」なのだ。いや、マヂで。

ここが国の「最高の」場なのよ。今も小川くんの質問時間である。

この小川くん、久しぶりの「strong style」である。彼がエース、でいいと思う。川内くんもいいが。小川くんはプロレスで言うなら【カール ゴッチ】でいい。こういう鉄板の質問者を待っていた。精緻な論理構成と誠実な態度と決して退かない秘めたガッツ。カール ゴッチ。

答える側はホンマに「プー」だが、しかもいつだって逃げているが、ねえ国民の皆さま、お忙しいとは思うんだけど、国会見ましょうよ。

プロレスも、「八百長だ」とか色々言われてきた。だが、じーっと見てると勝敗ではなく、どちらが「本当に強いか」が見えてくる。勝った負けた、はまさに興行であるし、そこに一喜一憂するほどアマチュアではないのだ。そんなことより、「ウソ」がよーっく見えてくる。政府は「ルール」を最大限に拡大解釈して ドローへ持ち込もうとする。野党にしてみたら、ドローは「負け」に等しい。おのれの存在をアピールできたらいいや、ぐらいの志の低い野党議員もいるが、小川くんは違う。参議院の太郎ちゃんとタッグを組ませたい。

国会がおれにとっては「entertainment 」になってしまってる。本筋のentertainmentがなーんにも面白いものがない中で、予算委は花形満である。

カール ゴッチとか花形満とかnostalgic だな、本日。だが、考えてもみて欲しい。カール ゴッチ以上のリアル ストロング スタイルのレスラーは、その後出ていないし、花形満ほどの華麗な野球選手というのも現実には、いない。

旧いのは重々承知の上で言ってる。いないからしゃーないのだ。と、そこで急にだが、「形容」というものが時代とともに「ボケて」きていることに気づく。欲張っていろんなものを入れ込むことによって「散って」いってることにも気づく。

イメージの撹乱というか受け取る側にしてみたら「混乱」だね。混乱の極み。混乱の極みは行くとこまで行ってて、大阪では知事と市長入れ替える、などという「プーチン=メドヴェージェフ」手法がまた取られようとしているが大阪人、低脳なので、それに「yes」と言ってしまいそうだ。「あーあ」。維新は意外なほど強い@Osaka 。ある程度の知能のある方々の間では維新という事件はもう清算されていたはずだった。ところがどっこい、庶民の間ではちょっとかなり根深く浸透していて。これが現実。現実はインテリを嘲笑う。そんなことになりそうなのだ。橋下くんの最近の関西ローカル出まくり、とかがそれを物語る。

ポピュリズムが一概に悪いとはおれは思わないが、それは左側からも来ないことにはフェアじゃない。左からのポピュリズムとなると、またちょっと意味合いが異なる。再分配とか、いわゆる社会民主主義的要素がクローズアップされるからね。現在の新自由主義へのカウンターになることは間違い無く、それは政治のswing を考えれば「いい事」だからだ。

Bernie SandersやAOC@USA。

右方面からのポピュリズムはタチが悪い。dtはhcへのそれこそwallになったからおれは支持したよ。「最悪」を避けること。こちらの国にとって「初めて」dealができるかもしれない、という可能性。彼ら、例えばマリーヌ ルペン@おフランス、の政策はある意味社会民主主義的。格差是正という意味で。その後、なんか怖いことが起こるのかもしれないが。Franceでそこはないだろう、と楽観していたし、今もそう。

移民政策にしても、なんでもかんでも入れたらええっちゅうもんでもなかろう、と思う。人道だけではやっていけない。もちろん理想は大切。だからそこで現実的な対応、落とし所が必要になる。dtは愚直にも公約を遂行しようとしてるだけ、に見える。まあ、巻き舌でそのケツ舐めてるapeいるが。

国会という「国権の最高機関」での議論は立ち飲み屋のおっさん同士の口喧嘩とは異なってしかるべきなのであって、、そんな時に小川くんのような態度と精緻な理論構成はほんとに「掃き溜めに鶴」。

内閣人事局の存在は官僚の目線の角度をまったく変えてしまっている。論理的とかそんなかけらも見えないし、閣僚はそのへんの中津のおっさんでも務まりそうである。

そんな中、strong styleでどこまでやれるか?小川くんの挑戦は見るべき価値のある唯一のものである@衆議院。
posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

Warmth is approaching

温かい。というかヌルい。あまりいい気分ではない。
今週、また少し寒が戻って、来週はもう暖かくなる、本格的に、そんな見立て。晴れてるとまた気分も違うのだけどね。

今日の天気図を見てみる。ということは「春一番」が吹くのではないかな。

花粉も飛び出している。杉の雄花の気持ちに寄り添えば、「ドバーッと」いってくれ、という気にもなる。だか、「辞めてや!」という声も聞こえる。大体しかし、ドバーッと、いきたいなどという気持ちは、「メーワク」なものではなかったか?オスの悲哀。

杉にempatheticになるのもどやねん?そんな意見もあるだろうが、maleとしてカテゴライズされたものとして、ある種の共感はある。y geneの悲哀。やっぱり悲哀。

怒涛の外仕事の週が終わってひと息つく間もなく学年末テストの時期がやってきた。まあ大抵、おのれのanniversario=啓蟄まではなんか毎年そうなのだった。もう何十回も繰り返しているのに、、「忘れている」。現場が近づくと、、思い出す。こういうことの繰り返しがおれの人生にはよく見られる。あほちゃうか?とも思うが、しかし、よくよく考えるならseason cycleに翻弄されるというか、「次の季節」ほどまでしか意識が届いていないことへの自覚がある。例えば今なら、「春」にまでしかおれの意識は行っていない。春になれば、夏まで、夏になれば、秋まで、という具合に。

世の人々はどうなのだろう?と、あまり興味はないくせにこんなことを言ってはいるが。動物的には、そんなものだろうと、高を括っているのだが。だってそうじゃない?寒〜いときに暑〜い時のことまで想像できんでしょ。寒い時にはそれが緩和される、つまり暖かさ、は求めるが、それが過剰になった時のことまでかんがえられるか?

他の要素が入らないとそれは無理だと思う。もっと生臭い要素ね。

しかしもう、コートの重さは「飽きた」ね。身軽になって「動きたい」。弥生になると休みが取れそうだ。こんなこともまた毎年同じなのだが、考えることは「さて、どこに行こうか?」である。

思い出すのは、初めて「賢治」を追いかけて、イザベラ・バードを読みながら、訪れた「大沢温泉」のこと。2012だったかなあ。ちょっと筆舌に尽くしがたい体験だったなあ。その前から一人旅というのは始めていて、その前は出雲、新潟、富山なんかにいき始めていた。

それ以前はイタ車・フラ車で熊野ばっかり行っていた。たまたま熊野のR168で連れに撮ってもらったPeugeot106に乗ったおれ、という写真を見つけたが、なんというか「舐めとんな」、だが、楽しそうだった。実際、超楽しかったのだけど。だがやっぱり熊野は「クルマ」で行かないとね、最後に行ったのはツインスパークのアルファ155でR42〜中辺路ルートだった。新宮の「火祭り」を見に行った。あの時の宿の勝浦の湯、湯川ともまた異なり、だがやっぱり柔らかな「ぬる湯」。

電車あるいはバスの旅というのは、まああまりにクルマのそれとは違いすぎるわけだが、かつては「あり得ない」と思っていたことが今は大好きなわけで、ということは「移動好き」か「現実逃避好き」ということになるかと思う。ただ、life is swinging なわけで「非・移動」だとか「非・現実逃避」のその後、が「効果的」というのはよく分かってるのね。

さて、今年はどこへ向かうのでしょう、おれ。

posted by 浪速のCAETANO at 12:53| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

あっち行ってそこで理想を

国会、ずっと見ているが(ヒマか?)、もう政府の答弁がどうしようもない。pm、モテギ、ネモト、そして参考人招致された完了たち、もう終わっている。
特に衆議院は政府答弁まで質問者の時間に含まれるから、カンケー有る事無い事、立て続けに喋り倒したりすると「褒められる」のだろうことが分かる。非常に「不毛」だ。

かつて小沢くんは、与党の幹事長時代に、与党の質問時間なんかいらんと言った。国を良くしようと思うならば、ちょっとぐらい「毛の生えた」議論があってしかるべきなのだが、「はい、時間切れ〜、また来週〜」こんな態度だからもうどうしようもない。ほんと、嫌になる。

それでも見るのは、小川くんの質問があるからだ。久しぶりに見る逸材である。立憲は彼のヤル気を削がないようにしなきゃ。彼みたいな真摯な態度と頭脳明晰だけが救いである。あの場面を「すべての国民が見たなら」「はい座る場所、今すぐ交代ね」となる。間違いない。

小川くんの「ノーベル、推薦」の質問に対して「同盟国のpresident にそんなこと言うてええんか、そんなことじゃ政権取れんよ」とまでpmは言っていた。おすわり、おて、3回回ってチンチン、だった。恥ずかしくないのだろうか?そこまで開き直れるってのはなんなんだろうね?

ここだけ見ても、もう国家ではなく、バリバリ植民地なのだけど、内に向けてはなんか「エラそう」なんだね。まあそれが「正に植民地」の態度なのだけどね。ここ、ホンマもんのright wing「激怒」しないとあかんとこなのになあ。

よくわからない。不思議だなあ。

このようにもう無理なのだ。凝視すればするほど「無理だ」とわかる。それでも「元気出していこうよ」とでも言うのだろうか?バカじゃないだろうか。そんな「取り敢えずの慰め」など聞きたくもないが、「じゃあどうすればいいのよ」と反論が来るかもしれない。「いや、暗い目をして生きていくしかないんじゃないの」というしかないじゃん。

Apeの群れが存在するのはもうしょうがないから、Ape の群れの存在しない世界をおのれの内部に作り上げるしかない。その中に毎日数時間逃げ込む。戻らないとしょうがないから戻るけどさ、でも数時間逃げ込む。そんなことしかないかな、というの本日の結論。

理想は幻想の中にまずは生まれる。かなり「遠い」世界だがね。
posted by 浪速のCAETANO at 15:11| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

Obrigado!

周年パーティーにお越しいただいたみなさま、どうもありがとうございました。
ユルいまま始まって、徐々に熱を帯びて、なんか最後は面白かった。なんとなく始まった「キング→マルタニ→ カオリーニョ→キング→マルタニ→ カオリーニョ、、、、、、、、、、、、、、、、」と続く「円環式」の演奏リレー、面白かった。2〜3曲づつやっていくのだが、人の曲に音楽的チャチャ(演奏参入)入れたりして、なかなか思いつきでもないんだけど、だがナチュラルに「あ、これ、ええな」とおもったのね。

またいつかちっちゃな店で、是非やってみたい。別にうちでもいいけど。

肩の力を抜くと、いろんな「世界が」広がるね。そういう発見もあるから生きてて楽しい。どーせ死ぬんだけど。

であるなら/あるから、自分の能力の発現のためのアンテナ錆びてたらクレ556しょっちゅうやっとかなあかんな、とも思った次第。

おれも今年初めて「ギターを弾いたし、声を出した」。この時期はどうもしょうがないのだけどね。まず「生存優先」。生存〜生活のレヴェルと音楽状態はちょっと次元が異なる、とは常々思うところではある。だがそこは「クラインの壺」によって、ハタからは見えづらいが「おれという実存」を介して繋がっている。というかおれ自体が「クラインの壺」だった。みんなもそうなんだよね、実は。

バカ(サルともいう)たちがよってたかって社会の土台を破壊しているからもっともっと何かすることが難しくもなり、人によっては生存そのものがかなり難儀なものとなることが論理的に考えられる。ただ、最近よくいうが、肌感覚、として、オリンピックが非常なる「逆効果」でもって、おれたちの今遭遇している状況をさらに悪い方に加速させるであろうことは、感じてる。1964の近代化のキッカケとなるオリンピアードとは異なり、単なる金の亡者がハエのように集るウンコ「運動会」に成り下がってるのをみんな気づいてるはずなんだけど、馬鹿の一つ覚えの「経済効果」などというわかったようなわからんような言葉を信じてる(フリ?)。その間にどんどん「戦前化」が進行してる。secretaryが望月さんにやろうとしていることはかつての「特高警察」の手法でもある。記者会見なんてその醜さ、言論弾圧の具現であるのは、youtube 一回でも見たらわかる。

小沢くんの最後のお務め、に期待する。もう一度「国民の生活が第一」の時代に戻りたい。

あれは「オマエら」とっての悪夢なのであって、おれたちにとっては今が「地獄の一丁目」だよ。一丁目から五丁目までは中津みたいに距離感のない世界よ。路曲がるだけで次の丁目であるよ。

Todo O Mundo は中津に来てこの10年は存続できた。今度の10年とかあまり考えたくもない。いや、21世紀の20sはもうどエラいものがおれたちを待っている。ここ、もう疑いの余地は、ないのね。無駄な努力(それも楽しいことを削って)してる方いっぱいいらっしゃるが、それ、ホントに「無駄」よ。目の前に来ないと、わからんと思うがね。あんまり同情はしてないんですが。そんな人には実は音楽も「必要ない」からね。だって「覚醒」したくないわけだから。クイーンとかオアシスとか聴いといてちょーだい。似非音楽もどきに囲まれて生きていって下さいね。似非はもう氾濫してるから、それでいいのでは。あんまり交わりたくないからね。

これから10年のことを思う時にさらにselectiveにならざるを得んな、おれの好む好まざるにかかわらず、そう思う。まあそう言いつつも「開いてる」人間なのだけど、おれ。

まあこんなんですが、いつまでとも言えんが、今後ともTodo O Mundoをよろしゅうに。


posted by 浪速のCAETANO at 04:57| 大阪 | Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

地獄の一丁目で

Democracy Partyの時代が「nightmare」だったとして、じゃあ今はどう言う形容だいいのか?

現実の、リアルな地獄の一丁目、ではないのか?

最近人付き合いが難しくない?

なんかイヴェントがあるよ、といってもみなさん、明らかに「生活に追われている」。生計を立てること、まずそれが1番。遊び人が激減している。

おれはこれは間違いなく新自由主義のせいだと思ってるし、それを安易に、言葉を変えて進めている現政権の罪は罰せられるしかないと思う。

本当に酷い。だが、それを見ぬふりをしつつ近視眼的に足元だけを見て生きてる人の何と多いことか。ちっちゃくちっちゃくなってしまってる。『羊』であるね、たとえるなら。不憫である。

大きなお世話だろうが。だけど、もうキミたちが見ようとしていない社会の根幹の破壊はどんどん進んでいてさ、もうすぐ見ようとしてこなかったことが見えてくるよ。いやでも視界に入ってくる。もう無理なのね。無理なのよ。一度激しく壊れてしまうしかないの。

21世紀の20sは大変な時間帯になる。おれはそのdecadeを生き果せる気がしないし、その自信もなんか、ない。自分が死ぬということは自分にとってその後はないということ。意識も夢も現実もないということ。まあ当たり前のことを言ってるんだが。そこに関して、しかし、positive 、negative どちらの感情もない。というか、どーでもいい。むやみに死のうとは思わんが、まあ自然に任せようとは思う。

あんさ、今2019。これが2059とかになれば、ほとんどの知り合いは死んでるよ、皆さん。

死は生の最終段階。死は生に「含まれる」。ただ、その後は状態としての死。そこから先は自分の力じゃもうどうしようもない。潔く諦めよう。dieとdeadは全く異なる。自分の責任は「die」まで。おれもいろんな大事な人間に先に逝かれた。順番だね。

明日はまだだが、30年後はない。不思議な気もするが、それは「リアル」。最近、名声とか、ほんとにどうでもよくなってきた。生活をし続けること、それがなによりも大切だ、と思う。この「戦前」を生きるだけでも、大したものだと思うよ。これは今生きてるひと全員へのyell でもある。

まあ、生きれるだけ生きましょう。それを邪魔する環境だらけだけど。それ、張り合い、にはならんかな?

わかんないが。
posted by 浪速のCAETANO at 22:24| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Never

4519B50D-B1DD-485A-903E-A30736282134.jpg

ブロークン イングリッシュを話す者をバカにすんな。それって他の言語を知ってるってことだよ。

ブロークン ジャパニーズも、また同様に。
posted by 浪速のCAETANO at 12:40| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

中津でのAnniversario

本日、告知していましたように、the party @ Todo O Mundo。気ごごろの知れた方々と、ユルくお祝いしていますので。

Todo O Mundo
​O 10 o Anniversario 
@
中津

The Party

Feb.16(Sat.)
19:30 open/20:00 start/23:00 close
But it goes on
@Todo O Mundo




Music/Foods/Drink

King 堀内
Caorinho 藤原
Marutani Kaz
すっぽんぽん‘ズ
w/others

Charge(今回、御祝儀)2500円
Foods (free、いろいろ作っておきます)
Drink(通常通り、泡が伝統的)

キングちゃん、カオルちゃん、マルタニ
(Grande Tres揃い踏み・quanto tempo!)
すっぽんぽん‘ズ
その他
posted by 浪速のCAETANO at 06:14| 大阪 ☁| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

能力総動員

ジャンルはちゃうが、例えば陸上やってるアスリートで1500m〜マラソンまでやってる方はそうおらんやろと思うが、5000m〜マラソン、あるいは1500m〜5000m,そんな方はいらっしゃる気がする。
1500mのノリで5000mは走れないし、5000mのノリでマラソン走るのも無謀な話だろう。

なんの話をしとんねん?

いや、あのね、昨日のことだが某大学の4コマ授業というのがあってこりゃ大変かもと思ってたのだ。そこだけスポットでならなんとかなるのだが、そこで使う提示されたテキストがショボく、「こんなので4限モタないぜ」となって、resume 作るから、とは言ったもののその前日三日間、他大学が入っていて、当然やることも異なる。この時期、演習中心だからそっちの予習もまあまあ大変で、その中で4限分のresume を作るのがまたこれが大変だったな。

で、これまで3コマというのは経験あったけど、かなりグッタリなった記憶があり、大丈夫かね?おれ。そう思ってた。

それが無意識の中で、マラソンランナーやったな、と思うわけね。一コマの授業なら、1500m。二コマなら3000mぐらいの気持ちで、それが四コマになるとおのれの無意識がマラソンランナーのペース配分を選択していたな、と今思える。

エラいもんだな。おれがエラいのではなく、おれの無意識が。無意識というのはユング的に言うとcollective である。全人類の知恵である。いや、大したものだとおもうのよ、ほんとに。

なんか、その後、荒れることもなく、暴飲暴食に走ることもなく、ただ大変疲れ、高島屋の地下で、好きなもんオンパレード購入で、白・赤を静かに飲んで、ソファにバタンQだった。やっぱ疲れたね。でもいい子たちばっかりで、実にいい1日だった。そういうことだらけ、だけどね。


posted by 浪速のCAETANO at 06:07| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

明日はすぐに、、、、

毎日の早起きでフラフラする。あと数日のことだ。
京阪特急はよく寝れる。が、寝ても寝てもまだ眠たい。積算できないのだろうか、こういうのって。

学校のバスのダイヤが「超間引き」運転になっていてなかなか陸の孤島から帰れない。今日は京橋で「halftime 」だった。ま、良かったんだけど。京橋、、、なんというか、なあ。間違いなく「庶民の街」であるね。

いいのだが、天六・天満よりは自堕落。そこがたまらん人もいるだろう。そこが、ちょっとな、な人も。おれは中間。「どちらでもない」だははは。いく店決まってるからだ。

ちょっと業務スーパーにどうしても行かねば、だったから明月館経由で行ってきた。帰りは環状線からグランフロントを突っ切って。これ定番ね。業務スーパーの袋がオシャレだったはずだ。ま、どーでもいいのね。

いやあ、早起きの2日連続はちょっとな。

最近思うこと。「明日」はあっという間にやって来る。1日働いて1日休む、がおれには合ってる。いや、あのね、そない働いたことがないのよ。「なんちゅーこというとんねん」いやしかしこれ、実感。今が一生の中で1番働いてるのではないのか?こんなはずじゃなかった。but it’s too late.

まあどっちでもいいんだけど。

しかし、そのぅ、「明日はすぐやって来る」。昨日今日は伏見。明日は八尾、明後日は国分である。どこよ、国分って?life of gypsies.

ほんとにすぐやって来る。店で酔っ払ってる場合ではないのだ。それ、もっともやっちゃあかんこと、である。

近鉄は寝れないのが困る。電車では「常に」寝ていたい。京阪特急はその点最高。枚方〜京橋間の25分、至福である。理想は目を瞑って、フラフラ歩き、気がついたら授業、とかいうのがいいのね。通勤の人混みの中にいると(今までほとんど未経験、pg時代だけだが銀河系の彼方の出来事)、ドローンになったような気になる。この場合は無人ヒコーキの意ではなく、originalのdrone ね、蜂とかアリとかね。おのれの意思とは異なる方向へとフーッと歩いていくおのれのサマを俯瞰した気になるとどうもそう思えて来る。電車乗る位置にもよるのだろうが、ほぼなーんにも考えんでも短期的目的地には着いてる。で、余裕で座って寝る。何をしているのだ、おれは?

年がら年中こんな生活であったなら、象徴的には手足捥がれたヒトになるだろうな、と想像する。インにこもるだろうなあ。生活習慣って大事だね。
posted by 浪速のCAETANO at 16:06| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

二月句会

28493B02-4C2C-47D1-9CBA-F943AF4D4281.jpg
posted by 浪速のCAETANO at 19:12| 大阪 ☀| Comment(0) | 丸谷たきこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月10日

先週〜今週

勝手に言うてるだけなので「ふーん」でいいのよ。
今週は怒涛の週。なので本日は休日。ゆっくり料理でもしつつ、好きな音楽を聴きつつ、読みたい本を読みつつ、一切の義務から離れようと過ごしている。まあ、そうは言うても怒涛への準備も要るんだけど。

世間は連休みたいである。関係ないけど。まあそれにあやかっておれもまた明日の17:00までは何も入れてないが。

実はちょっと先週、体調がヤバく、あまり体験したことのないヤバさで「なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃ?」だった。

身体が未知のことを体験中に、しかしなぜかアタマは「watch & assess & analize」そんなモードになってるのね。不思議だったがそうなのだからしょうがないの。

最も怖れたのは「flu 」だった。最初は浅はかにもそう思った。watch,assess & analize mode の初っ端のことだった。そう結論づけて仕舞えば、医者行って、検査して、そうならソフルーザやったっけ、タミフルでもリレンザでもええさ、なんかクスリ処方されて家で寝とく、で何も考えんでええわけよな。

だが、そのモードが進行していくうちに「ちゃうんちゃうか?」と。

おれの最弱点、である喉が、何ともないのだ。そこ、違和感。症状は、異様な倦怠感(特に足腰)と頭痛(前日の酒かも)、あとは風邪とよく似ていた。ただこれまでの風邪、flu、のどれとも異なり、そりゃvirusも日々進化しやがるから症状が異なるのもわからんでもないが、それを考慮に入れるとなると「お手上げ」で、やたらに何を入れてええかわからん関数はshutoutすることにした。

ただvitamin cの消費量が半端なかった。おれは20代より「おのれで実験」を続けており、それはタバコを辞めたくなかったから、それによる消耗を補って余りあるvitamin cを取ろうといった「単なる足し算/引き算」の簡単な実験だが、大抵3〜5gがおれの基準で、過剰な分は「軟便化」と言う結果になり、そこで「調整」するわけ。弱冠、バッチイ話でごめんちゃい。で、通常、その影響もあり、メシで刺激されたおれの大腸は「going to toilet」ということになりがちだった。ところが、それが、ない。軟便化どころか、NOT gone to toiletが2日続いた。これが何を意味するか、と言いますと、vitaminがケナゲに「何か」とおれの体内で闘っておる、ということ。そしてまあいつもよりちょい多めに摂取しているにもかかわらず「まだ足らんし」そんなメッセージを送ってきてる、ということだった。だが、熱はないし、咳も出ない。ハナも。風邪あるいはfluのvirus 以外に一体キミは何と闘っているのか?と自問自答してもそこにはただ風が吹いているだけ。そんな状況だった、途方に暮れた。

整理してみると、風邪あるいはfluの症状とは言えないが風邪あるいはfluの症状に対抗するか、の如くvitamin cは消耗されていってる、ということだった。

食欲もさほどなかったが、vitamin cを更に投入してあとはおのれの自然治癒力に任そう、そう考えた。じゃあ免疫力を後押しするには、ありきたりながら「栄養と休養」だな。その日は大学ジプシーで京阪で行って阪急で帰って来るという1日で、朝6時起きだったから帰ってきたのが午後7時。そこから強い酒をストレートで三杯ほど一気飲みし、go onto the bed。午前3時まで寝て、またストレート三杯、また寝る。2度目の寝る、でなぜか汗をかいていた。シャツを着替え、ただ、寝る前よりは好転している、という実感があった。不思議なのは熱はないのね。なのに汗、というのもね。

翌日は塾全休にし、ただただひたすら何もせず飲むか寝るか。飲むときに簡単なべで身体あっためて。

それが水曜〜木曜におのれの身に起こったことの顛末。金曜、土曜もまだ少ししんどかった。だが水曜の地獄のようなシンドさとはちょっと違う。水曜はホント足を運ぶのが「なんでやねん」なほど辛く、歩いてておばあさんに抜かれるほど。走るとか早歩きなんとんでもなかった。イノダコーヒーの楚々とした陰のある「今時ようこんなコが、、、」な美人ウェイトレスに30%ほど救われたかもしれんな。

今ちょっと無理/無茶ができない。できないときはできないでいいのね。not so young anymore 。毎年、冬に何かある。そこから考えられることはおれはある年の冬に致命的なことが起こり、そこか、もうちょいがんばって春に死ぬのだろうな、ということ。あったかくなって気が緩んで、それから死にたいね。3月生まれの願望である。ムシの地上行きを見届けてからなら本望だ。

今日明日は怒涛前。今週は周年行事もあるからね。休んでいる。
posted by 浪速のCAETANO at 17:46| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月09日

〜のもとで

この「PersonalAutocracy」の下、どうやって生きていこうか?いや、マヂで。
PersonalAutocracyであるからsystematicとは言えない。Personal、をしっしっ、すれば取り敢えずは危機からは脱せるだろう。政治経済の「インフラ」は大層イんでしまったが。

こちらの国の人はIconに弱い。天皇制の「悪いクセ」みたいなのが身についてるのだろうか?(言うても明治以後ーーnot rather long )

まあそのぅ、「誰かを祀り上げて、それにタカって儲ける、あるいはおこぼれ頂戴」というのは、全世界共通なのだろう。そんな気は、する。

昨日の国会も酷かった。ヒマか?いや、昨日は仕事の合間に。

みんな挙って忠誠度公開選手権大会でキモかった。しかし官僚の盲目的とも見えるあの忠誠、同時に保身、情けないcivil servantsだなあ。給料、おれたちの「税金」ね。

特に厚労省のあのオバハン、官房長。「矩を踰える(のりをこえる)」と怒られとったが。確かに、あの恐れを知らないあの態度、そして怒られた後の謝り方。ルックスからは思いもよらないブラック住んどるな、@heart 。

しかし、ある時、自分で気づいたが、予算委は今や「バラエティ番組」なのだった。脚本がハンパなだけに余計に、おかしい。どうせまともな政治じゃないんなら、せめて笑わせろよ、というおれもおれだが、そんな視点じゃないと、あまりに虚しくないかな。すでに充分虚しいけれど。

かつては政治がだめでも、実生活にはさほど直接の影響はまだ少なかったのだ。ただ、今は、まあおれの社会的立場がダウナー傾向ゆえ、よく感じる。それってええこと、悪いこと、どっち?ま、ええとして。

マルクス・エンゲルスの時代と「変わりがない」。おれたちは育った時期が「分厚い中間層形成の時期」にあたりそれが刷りこまれてしまってるんだね。で、その中間層の没落という現実を目の当たりにして、状況は、いやほんとにマルクス・エンゲルスの時代へと一周して戻った、それが実感である。ありきたりな言い方なら二極化でいいし、そのヴェクトルにダイナミズムがあることがものすごくヤバい。そしてほとんどのこちらの国の人々が「下にいるのに目線は上」。そこにハマる言説が隣国をdisること。みなさん「統合失調症」でいいのではないか。

戦前と同じ轍を踏む可能性、8割はあると思う。

寒い日曜日だね。

先週は身体を壊して非常に弱気になってた。身体がインじゃうと気持ちも最悪になり、しかしその身体をなんとか堪えさせたのは気持ちだった。ものすごく深くリンクしてることを再確認できた週だった。

体調があかん時はそのあかん体調をbreakdownして、それぞれを見つめてみたらいいね。自分なりの結論が出る。そして覚悟も出来、ヒトには自然治癒力も備わっている。休養も大事だし、栄養も同様に。その2つは自然治癒力をサポートするものでもあったね。なんか、安易に医者行きたくなかったのね、珍しく。喉が何ともなかったからというのもあった。思いがけない場で思いがけない体験をするものだな、そんな感想。もっとあるけど、ホンマは。

もっとタフでないと、事実上under autocracyなのだからね。




posted by 浪速のCAETANO at 14:06| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

森羅万象=そこの角まで〜

なんか森羅万象のひとは森羅万象を、「次の角っこまで、」その角を曲がるか曲がらんかスレスレぐらいのとこらへんまで、と理解してるように思われる。
いや、大変侮蔑的に言ってるけど。

おかしいから。いつからカミの担当域まで拡大されたのだろう?憲法にはそんなことは書いちゃいないが。

さて、森羅万象の人は、「日本の固有の領土」というキーワードを全く使わなくなった。そこ、えらい慎重にやってる。ものすごく「釘を刺された」と見えるby Putin。

そこだけ見てもすごく分かりやすいのは、森羅万象くんは「右翼」でもないし、「保守」でさえもない、ということはよくわかる。これで分からないという人々には虫を見るような視線、で充分だと思う。そこはもう「治らない」。太平洋戦争前に多くのjapaneseが「治ってなかった」と全く同様な意味で。

森羅万象くんはバーゲンセラー。結構値打ちのものを「安❣️」という値段で売るから、人気者である。気前が良くって、「あげちゃう」こともあるから。別に「ちょーだい、ちょーだい」って言われなくてもあげる。気前がいいのかバカなのかサルなのかミドリムシなのか?

ミドリムシ、気に入った!

ミドリムシ教の人、実際には何人ぐらいいるのだろう?

もうこちらの国は「no data」ということであるから、非常におれたち、土台が揺らいでるの自覚してますか?よくchina のstats、「絶対ええかげーん!」とかよう言ってるが、全く同じ、ということです。dataの正確性、いや非正確性に「程度問題」は存在しないことはよく覚えとかないとね。「あっちの方がウソの幅がデカイやん」とか言うサル、10000000匹ほど少なく見積もってもいそうだが、サルには「サルへの視線」を。

dataがないっちゅうのは今おれがこちらの国のサルの人口をおれの「肌感覚」で推定しているのと同様、その政策決定の根拠の数字において、その正確度は、恣意性大いに入ってることもあり、とてもじゃないが信頼できないことを意味してるのね。

ミドリムシ、口に出して好きだったが、ミドリムシは「光合成」するえらいやつでもありました。ユーグレア(ユーグレナ?)

生産者をないがしろにはできんな。じゃ、ゾーリムシか、ミジンコか、シロアリの子どもか?よく考えてみる。
posted by 浪速のCAETANO at 06:52| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なのにそうしてるのは誰(何)?

■「神はすべてのものをシンプルに創った。インディアンの人生はとてもシンプルだ。わしらは自由に生きている。従うべきただひとつの法は自然の法、神の法だ。わしらはその法にしか従わない。」【マシュー・キング(ラコタ族)の言葉】

posted by 浪速のCAETANO at 06:19| 大阪 ☀| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

ばかNHKが

あ〜あ、NHK、しょーがないな。
あんまり期待せずに録画していたものを見たが。「銅鐸」だが。

まだ、纏向が卑弥呼の、とか言うてる。

ヤマト王権とかを決定事項にしてるから目が曇る。

九州王朝を見ないふりするから、また目が曇る。

銅鐸を祭祀の具としたのはニギハヤヒ(饒速日命)の国である。

魏志倭人伝に載ってる倭国とは九州王朝である。こらあ、関大の森岡、ええ加減なこと言うな。銅鐸生産を止めたのは卑弥呼であるとか、ほんま、アホちゃうか。纏向はヤマトトトヒモモソヒメ、いたのはね。早口言葉の練習にもなんで。もう、なんか、そんなみんなが期待してること言って、何かのおこぼれもらおうと思ってるのが見え見え。それ、お前の「夢」やろ。それでも学者か。学者が夢を語るなっちゅーねん、どあほ。

銅鐸の国が滅ぼされたのはいわゆる神武の後の欠史9代と言われる大王の後の崇神の時。古事記に載る、親戚みたいな血縁ありそうな豪族を滅ぼしたり、その頃の地名説話に「敵(銅鐸側)を切り刻んでウンコまみれになった」ことからウンコまみれ→クソまみれ→クズハなんて。

まあしかし、いつまでも卑弥呼(ヒミカですが)は神秘的なオンナということで、いろんなとこで特別出演させられるんだろうな。

番組でも言ってたが、祭祀の具が銅鐸から鏡に変わった、と、それは支配する側が変わったからしょうがないのね。鏡を使った、ある種の魔法は、そこ卑弥呼の得意とするところ。近畿圏の前方後円墳はその九州王朝の儀式を再現するためにあのカタチを編み出したわけよね。そこ、ちょっとオリジナリティ。だが、言うとくが、近畿から半島、大陸へは当時は行けなかったからね。航海術を持った部族は近畿には皆無。

そこは海人(アマ)族の独占市場。海人族=九州王朝なのね。みんな知ってるよね。

NHK、ホンマなんとかせえよ。文化関係とドキュメント以外に見るもんないのに。それもあかんなら、お金集めんの、辞めなさい。
posted by 浪速のCAETANO at 11:05| 大阪 ☁| Comment(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月05日

ヒトは何処へ

何を怖がってるんだろうね?
証人の隠し方が「徹底」してて、それ黒を認めてるやん、チョンバレやん。そう思ってるよ、みんな。

Statsがちゃんとなりたってない国、に対して外国がどんな目線を送るか、そこほんとに真面目に考えた方がいいとおもうのだけど。

またいつものone & only pattern。わけのわからん論理で時間稼ぎ。委員の席に石破くんがいるが、何を思う?

進次郎は「お笑いの人」というコンセンサスできたんじゃないかな。「必要以上に第三者的」とかほんと、意味不明である。

これが「国権の最高機関」の有様だ。もう死んでください、である。小学生でも肩代わりできるよ。「嘘ついたら承知せんよ」と母親が釘刺しとけば、とりあえずちびっこなりの真摯で答えるだろうよ。


10歳の女の子。可哀想すぎて。実の父親に殺されるってどういうきもちなのだろうか?

もうヒトは、過去の進化においてヒトをヒトたらしめたものから乖離し始めている。なんか「友だちって要りますか?」という台詞、よく聞く。まあ、おれにもそういうとこないわけでもないが、程度問題。まあ確かに対人の煩わしさってあるといえばある。まあ、誰しも他人の「時間」を蹂躙する権利ってないからね。だが、時にはそれにも増して人と接することの損得とは遠いところでのいい点ってある。その人が「生きていて、呼吸していて、血が流れている」という実感である。なんか医者みたいな物言いになったが、そうじゃなくて、体温の存在感とでも言おうか、そこ。ハートの存在ってけっこうないがしろにされてませんか?

サイエンス先行しすぎではないのかな。AIにみんなビビりすぎやろ。サイエンス、進めば進むほど、さらなる未知の宇宙が立ち上がってくる。これがもう一つの現実である。いや、AIだらけになったら、「happening」欲しくなるよ〜 。予定調和だらけの世の中、そりゃ「くだらない人間のミス」は極小化するだろうし、それはそれで良いことだとは思うが、ただ、面白いこと、減るよ〜。でhappeningが待望される、となるわけ。

素晴らしいとロクでもないを両方持っとかんと、ジミ仕事はAIで良いので、だが最近の傾向みてると人間がAIに対抗というか近づこうとしてる。だけどね、人間はさ、機械と動物のsomewhere in betweenに有る存在だから、どっちかに偏ることが果たして良いのかどうか?おれは両方ないと「面白くないなあ」自分の中に。

そのポートフォリオは直線でもないのね。二次元というより三次元的だろうと思うね。

何度も書くがiPhone 登場してほんの10年よ。だから、若いヤツの見かけの「全能感」、バッカじゃん、と思う。まあ、一皮剥けば「不安が満載」を知ってるけど。表層の知識ってつければつけるほど、自分が薄っぺらくなっていくのね、不思議なことですが。


posted by 浪速のCAETANO at 18:20| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

噂の真相なあ

In my 20’s、良く本を読んだ。
なんか「あらゆるもの」を読んでたが、雑誌も毎月買っていたものがあった、広告批評、ミュージック マガジン、噂の真相、switchなどだった。
忘れたが、w japan の何やったっけ?そんな言葉なかったが当時の意識高い系雑誌。当時の意識高い、は今みたいに揶揄されることなく高いとこに「浮かんで」いれた。

うんこエキス垂らして混ぜ混ぜされ出したのは90‘sからだったね。

噂の真相なんて雑誌、良く存在できたな、と今となっては思う。岡留さん、亡くなったが。意識高い系の週刊大衆、実話、アサヒ芸能?だがページをめくるたびに60年代の薫りが強烈に漂って来てた。おれたちにとっても「兄ちゃんら」の世界で体験で、あってなきがごとしの世界なのでね。おれは60年代のことに関しては噂の真相たちによって無自覚なまま横で起こっていたことを「回復」させられた、かのような気がしてる。表紙の、スキャンダラスなイラストは、だが、ほぼリアル。ページの枠外にある三面記事的なコメント。面白かった。ほぼページ数だけの、これもまたスキャンダラス多かったが。

かつてのタモリだとか赤塚不二夫先生、団鬼六師匠、平岡正明、当時の時代を代表する名前、「濃いい」のね。wetだし。

60年代から半世紀。遠い目に「値する」long time agoだ。

半世紀も経てば、人は等しく小賢しくなってはいるが、さほど「賢く」なった気はしない。なんかいらん事への知識は満載ながら、やっぱ肝心なことからは程遠い。アタマのいいやつほど「暗い目」をしがち。今この状況に「適応」してるって「どーなのよ?」とか思う。


本日、あったかい。北陸では春一番が吹いた、とか。また春本格化はちょっと、だと思うが、店のpetit anniversario、おれのanniversario と続くうちに本格化してくる。春分点も近い。公転軌道ね。今んとこ、この冬は「暖冬」と言っていいのだろう。寒いのはごめんである。温暖化ウエルカム。今年はガスファンヒーター出さなかった。空調とホットカーペットで過ごせた。相対的あったか、だったからだろう。

今週来週、なんでやねん!?ぐらい忙しい。いろいろ、重なる。波の合成だが、増幅もあれば打ち消しもあって。

さてさて、みなさま、良い一週間を。




posted by 浪速のCAETANO at 11:35| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

深夜のガレット

ガレットをどうしても食いたくなった、深夜に。が、蕎麦粉など、ないよねふつう。
うーん、あ、閃いた。蕎麦の乾麺があったよ。パスタ用のふやかし器具あるでしょ。あれに浸けといたらふやふやになった。

よしよし。フォークで潰しにかかる。フードプロセッサー使えばよかったが、ちょっと実感が欲しかった(何の?)。

で、このヤロこのやろと潰す。塩、卵、水足して、更におのれプロセッサーで混ぜる。で、冷蔵庫で1時間ほど寝かして、いい感じ。

よし焼いてみよう。ヒトプロセッサーは、電気プロセッサーにはやはりその徹底度において敵わない。だが、ちょっと荒いのもええやん、と思う(というか言い聞かす)。

フライパンで伸ばして焼く。まあまあ分厚くなるが、家庭料理だからあんまりうるさいこと言わんのね。ちょっと水少なかったね。ドンマイ。

で、あるもんを乗っける。ブルーチーズがあった。トマトはなかったからアラビアータ用のソースで代用。

ベーコン焼こうと思ったがめんどくさくてパス。だいぶ焼けて来た?では卵をどまんなかに落として蓋。

できたかな?フランス七味を散らして、正方形に「折って」葉っぱ散らして。done。


5C6E89EA-C8F0-43B8-8B3B-EC1492DEE34A.jpg

ちょっと見た目、もひとつながら、いやほんとはもっと「パリッ」とする予定なのだが、まあ、いいのいいの、深夜だから。

次回は水の分量、いい塩梅で。ジェノバソースでも良かろうね。生ハム、チーズが定番だけど、そこは何でもいいのね。

蕎麦を蕎麦粉に「還元」、ブリコルール。和訳すると「びんぼうにんの知恵」となる@拙書「つかの間のiyashi 」。


posted by 浪速のCAETANO at 08:14| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

だいたい10年前

ちょっと、曽根崎のことをsaudade。


様々な記憶が走馬灯のように。ん?ちょっとちゃうな。

良くも悪くも「デッド エンド ストリート」。想い出になると「過去」って美しい。






posted by 浪速のCAETANO at 14:40| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

O 10o Anniversario @ 中津

Todo O Mundo
​O 10 o Anniversario 
@
中津

The Party

Feb.16(Sat.)
19:30 open/20:00 start/23:00 close
But it goes on
@Todo O Mundo




Music/Foods/Drink

King 堀内
Caorinho 藤原
Marutani Kaz
すっぽんぽん‘ズ
w/others

Charge(今回、御祝儀)2500円
Foods (free、いろいろ作っておきます)
Drink(通常通り、泡が伝統的)

キングちゃん、カオルちゃん、マルタニ
(Grande Tres揃い踏み・quanto tempo!)
すっぽんぽん‘ズ
その他

AAA60CA2-E057-4902-8886-FF1E3BEB5E79.jpg



来たる2019年2月14日、Todo O Mundo が中津来て丸10年を迎えることになりました。
こないだトータルで20周年やったとこだから「え、また?」と思われるかもしれないけど、こっちはこっちで大事なのね。

外部の方々からはどう見えるかわかんないんだけど、まあ曽根崎時代のゴタゴタから「もうええわ」ということで、まあよく考えることもなく今のvenue へ越してきたんだけれど。まあ、別の切迫した理由もあったといえばあった。shelter が必要な人間がいたのね。今いないけど。

「なんで中津なん?」

これ、当時、よくおれに投げかけられた質問。ねえ、「なんでだろうね」

曽根崎時代もいろいろありましたが、中津でもいろいろあった。曽根崎が1997/8/1openだったからもう一年半ほど時間が経てば【曽根崎<中津】そんなことにもなってしまう。

始まりは2009/2/14のことだった。おれが何気なくValentine’s dayがええな、といったことで突貫工事だったみたい、だはは。

曽根崎の最初のような「cutting edge」とは無縁の「sustainable 」が店是となったのは21年半経って、そりゃ元気も半減したこともあるが社会環境の変化も大きいのね。おれの環境もどエラい変化したしね。

来てみたら「カウンター」で「鉄板」があった。当時はまだ「cutting-edge 」感も中途半端に残ってたかなあ。「あまから手帖❗️」に載ったりした。【Noirなお好み焼き】まだあるよ。時々出る。

それが徐々に落ち着いてきたもんね。20overともなればさ、one of long established と言うてもええんちゃうかな。で【sustainable 】ね。

いろいろ変わった。以前はwine →vodka、今wine→芋、自分のことだけどね。非寛容な世の中になり、それでも基本的にトドムンドはいまだに【寛容】であると思ってます。まあ、その分緊張感のないお客、多いけどね。ちょっとは緊張感持ちいな。

青美店長も3度入院したし、3度肋骨折ったし。きじことginaは逝っちゃったがticoがいる。おれとは犬猿の仲ですが。いろいろあったし、いろいろあるのよ。

で、戻るが【sustainable】ということになるわけよ。

で、最近の中津は、と言いますと;

変容してる。地下鉄側にはタワーマンションが乱立し、グランフロントできたことも大きくって、スカイビルあたりにはJRの地下駅が出来るということだし、このガード内の3丁目もタワーではないがマンションこちらも乱立で、plus店が入れ替わり、店が出来、ちょっと「カネ」の匂いのする街へと変わりつつあります。「北梅田」なんちって、アホかと思うが。土日、カップルが昼間、中津探索みたいなことやってるのに遭遇したり。うちには迷い込んでこない。around 19 o’clock にならないと「開かない」ので。そしてアホみたいに遅くまで開けることもない、最近は。【sustainable】

だけど、そういう周辺の動向とはTodo O Mundoはあんまり関係ない。美人弁護士からは「客筋が良い」とこの前言われたけどね。まあ、日によってお客の色が見事に異なるからおかしい。音楽関係、business-oriented、同級生、ご近所(除・土人)、放送関係、元生徒、いろいろ。まあ、どこでもそうだろうけど。またそれが交わることもあるし。

人との出会いもあったな。以前は豊津在住だったこともあり、クルマ男だったこともあり、ヒマがあれば、豊津からさらに北へと向かう人生だったから。こっち越して来て、クルマもアルファもサーブも最後のランチアも手放し、電車にも「乗れる!」ようになり、最近は「寝れる!」までに成長し、昼間割引乗車カードも使えるほど。それ普通なん?まあ、いいじゃないの。出来んことが出来るようになるってのはね。

こっち来て知り合った人々と今バンドやってる。メンツはほぼ店で出会った人々。そういえば江くんとも「いこい」でたまたま会うたんやった。やや社交的になったかもしれない。

この中津のこっち側でお客の「quality 」が保ててるとこがおれは値打ちやと思ってる。いいお客ばっかりね。ただ、、、緊張感持ちいな。

その緊張感のなさのベースを作ってしまった「故 高瀬仁」。彼の在阪がちょうどおれたちの一年目からとダブる。毎年この時期、命日がやって来ますが、8月の前半〜お盆同様、この時期は「鎮魂」の日々。そして夏と違うとこは「再生」の日が続くところ。その始まりが2/14なのだけど、The Partyは2/16ね。週末にしましたよ。8/1のGrande Annversario とは違ってこじんまりなpequeno Anniversario。親しい方々と、お祝いさせてください。お祝いに参加してください。最大でも20人ぐらいかなあと思ってます。そんな入れないだろうか。




posted by 浪速のCAETANO at 13:03| 大阪 ☀| Comment(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする