2019年02月28日

高めの速球、ビーンボール気味

限られた情報しか得てないが、キムちゃん、今回は「功を焦った」か?
dtの側から言うならコーエンが足引っ張ったか?

pm、ツいてる。追い風である、だとするなら。

困るのは文ちゃんかな?

明日の記念式典でのスピーチ、こちらに「八つ当たり」なければいいが。

ちょっと嫌なムード。

「議題に上った」ぐらいで物事は解決せんでしょう。騒ぎ過ぎだ。もう被害者家族会、pmを見限った方がいいと思うけどね。絶対やる気ないし。というかね、解決したら「困る」んだよね。だから解決しないままで「先延ばし」をずーーーーっとしてるの、わかんないのかな?それが彼の身を守ることになる。

でも、ホントかね?「議題に上った」って。white house はそんなこと言っていない。
「大本営ちゃうか〜」と斜視になるひともいるんちゃう?証拠のないことって言いたい放題だもんなあ。ministry of foreign affairs of japanの発表というのが「眉唾」もの。

もうすべて、「信じられない」レヴェル化してるのが現在進行形じゃなかった?


だが、ちょっとキムちゃん、誤算である、そんな気がする。限られた情報ながら。



posted by 浪速のCAETANO at 17:57| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明日ってさ

あったかくなりだして、油断したのだろう、おれ。喉をやられてしまった。季節外れの「マスク」。今年、マスクでだいぶ助かったけど。もうええかな、と思ったらやられた。
マスクの効能はおれにとっては喉保護。それに尽きる。喉の乾燥が最もいかん。全ては喉からだった。今年はなんだか「訳の分からん症状」が出てアセったのだが、まあそんなこともあるでしょう。ひと回りしたんだから。

今日は雨で、そうあったかくもないが、15時ぐらいには雨は上がり、明日からもまたあったかそうだ。歓迎。

さて本日で如月は終わり、明日から弥生。弥生初日は「サムイル(3-1)O 100 o Anniversario 」とoと0が並ぶ、なかなかの大変な日だ。その日を建国の日にしようという意図もある、と聞く。他国の思惑に口を挟むことはしない。で、渡航抑制を、など言うているが。こちらの国の鶴橋界隈の方が「危険」な気もするが。

ごく一般的な感覚で言うと、まあ、こちらが「加害者」であちらが「被害者」であることはおそらく誰も異存ないと思う。どお?ここ「ちゃうし」言われたら「まぢで!?」とそこからちゃう理由を延々聞いてツッコマんとあかんくなるが。まあ、異存ないとする。

で「もう片ついとるやないかい!」というのがこちらの国のある勢力の言い分だね。

立場を入れ替えてみたりして。こちらが被害者になってみたりして。殺人事件の被害者ということにしてみたりして。

刑事裁判も民事裁判も終わったことにして。賠償も済んだ。

犯人への憎しみは、悲しみとともに、おそらく「消えない」。

過去には深く反省の「談話」が2度ほどあった。

が、最近、向こう側の代表が代わって、急にその周辺のいろんな人々が、「もう一回死ね」と言うような意味のことを言いだしてきた。中にはその殺人そのものも「なかった」という意味のことを言う人もいる。その後で、「ちゃんと賠償終わっとるやないけ!」と吐き捨てるように言う人々もいる。売り言葉に買い言葉、代替わり、じゃあ「もう一回賠償せんかい!」と言う意見もこちらから出る。

犯人への憎しみは、悲しみと共に、おそらく消えない。

こちらのリーダーも昔別れた同胞との再統一で心が揺れる。リーダーは北の方の人だった、元々。ある種のナショナリズムが心に激しく湧いてきている。別れた同胞との再統一の可能性であるからここは抑えきれない。

言葉の泥仕合は一家の安定を生んでしまう。自分の立場も安泰にする。

被害者にとって、加害者からの一定期間過ぎたあとでの蒸し返し、それも汚い言葉で、というのは弱い人なら悲しすぎるし、強いひとなら「逆f@uk u!」となろうかと思う。

向こうのリーダーが代わってそうなった。本人が言うわけではなく、周囲に「言わせてる」。その証拠に、言った本人を厳しく「罰しない」。「許容」と映る。周りからは「よく言った」だし。

酷いのになると「被害者を再度殺せ」などというプラカードなどもある。007ではないのだ。そしてそっちの保安担当者は、そこを取り締まらない。全てはリアルに報道されている。

あのさ、心が篭らずに、単なる「賠償完了」、はいおしまい、もう終わったやんけ、ぼけ!ではあかん気がずっとしてた。

お話は終わって、今こちらの国の態度、というのはここ数年の、だけど、罪はつぐなったやろ、もうごちゃごちゃ言うな、カネ払ったやろ、ごちゃごちゃ言うな、蒸し返すな。もういっぺん殺したろか?

非常にぶっちゃけて言うなら「そういうこと」な気がしてた。加害者の贖罪の気持ちは被害者の気持ちには重ならない。だがそれこそ「寄り添う(ほんとの意味で、pm用語ではなくて)」努力を「永遠に」続けることが、できるできないは置いといて、「理想的」ではないのかな。

という理想論。

被害者は加害者を「なかなか」許せない。被害者の気持ちになって考えると、そこもまあわからんでもないな、とならんかね?

で、そこからはそういった感情を出来るだけ抜いてやっぱり話し合うしかないのでは?

そういうことが政治の仕事。おれはもっとgrass rootsだけど。






posted by 浪速のCAETANO at 10:30| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする