2019年03月03日

To all the members of ldp & bureaucrats

■「過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ。」【オマハ族】

posted by 浪速のCAETANO at 16:30| 大阪 ☔| Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元号ね

やっぱ、メディアだね。1番のネックは。
小川くんのフィリバスター、おれは全部聴いたが、news 9では「川柳読み続け」と「水を飲む」そこだけをフィーチャーしていた。

フィリバスター要員。その本意は全うしたけど。そんな扱いだった。

素晴らしい演説だったよ。見てみたらいいのに。youtube にある。え?時間がないって?うん、そうだね。「考えさせない・考えるきっかけを与えない・『考える時間を与えない』」。ペース「握られて」るね。

政治家は「言葉」、先ずありき。

まあboやhcの例もあって、そこだけに特化して、あとお腹の中真っ黒、というタイプもいる。

pm/LDP supportersは鈍感。


さて年号のこと。

pmの苗字の最初、名前の最初が次の年号に入る、うわ、ゲー吐きそう。もうワシはこれから西暦一辺倒で行くしな。そんな意見も、容認論とともにまあまあ溢れている。

おれが思うのは「安ナンチャラ」ではなく「ナンチャラ安」ではないかと思ってる。アタマのそれはなんぼなんでもあからさま過ぎると思ってる。まあどっちにしてもおれは今や、西暦だけでいいと思う。平成まででもういいんじゃないの?おれの中では。そんな感じ。そうはいっても年号は続いていくだろうけどね。元々は中国由来。これはみなさん、ご存知か。「天子」の存在する国しかそれはやっちゃダメ。周囲の蛮族は設定しちゃダメ、ということになっていた。

それを覆したのが「倭国」だったね。独自の元号を設ける。これ、白村江の戦いへの遠因でもある。ある時から(「隋」だけど)、倭国は中国の王朝に以前ほどの敬意を払わなくなった。聖徳太子とされる人の「あの手紙」にわかりやすい。

通説では年号は「大化」からということになってる。「当然・ウソ」だけど。大化が存在しなかったというわけではなく、around 645なんてことじゃなくaround 690 。当然大化の「改新」とか無いから。何遍も言うてるが大化改新は明治維新のカウンターパートね。

白村江から(662)大宝律令(701)までは倭国が近畿豪族に「乗っ取られる」過程なのであって、その際に古事記が編纂され(712)、だが倭国の史書が手に入り出すことに伴って、新たな史書の「捏造」が始まり(日本書紀だが)その完成(720)を待って古事記が「封印」される。

飛ぶがこの720年というのがおれは気味が悪く、なぜかというと来年が2020だからなのだよね。just 1300年。日本書紀編纂700年記念ナンチャラとかがありそうでね。間の悪いことにオリンピアードの年。うーん、また来年心配しようか。

戻るが、あのさ、古事記&日本書紀とみなさんペアで認識されてると思うが古事記は「封印」されたんだからね。事実上存在してなかったわけです。古事記は「発見」されたのね。

おさらいしておくと「古事記に無くて、日本書紀に存在する記述」は「すべて倭国の史書からの盗用」です。倭国の史書とは「日本旧記」「日本世記」です。

8世紀の初頭の女帝のひとり、元正の時に、倭国の残党に「兵器、史書、要するに大事なものを持って来たら赦すよ〜」という御触れが3度出ている。「三種の神器」は「大宝」の時代に略奪したと思える。だって「大宝」だしね。その後も倭国の残党は例えば薩摩へ逃げたりして抵抗を続けていたと見える。その後に起こる「隼人の乱(720)」は倭国の残党狩り(それも最終的な)だね。

ところで薩摩の地名が薩夜摩(サチヤマ)からきてると思ってるのはおれだけかな?白村江の際に唐側に「捕らえられた倭国の天子」ですが。

日本書紀に続く「続日本紀」で聖武が「白鳳から朱雀までのことはようわからんのよね〜」と言っている。この白鳳と朱雀がどこか他所の国の、つまり【聖武の与り知らない国の元号】であること、間違いないね。そして白鳳・朱雀なんてのは新参の駆け出し近畿王朝の年号には「ない」。

行くよ〜、近畿の年号。大化(645)、白雉(650)、朱鳥(654)、大宝(701)と来る。

例によってバカ学者は朱鳥は白雉が「変化した」ものとか低脳なことを言っている、まあ低能だからバカ学者なのだが。苦しいね〜。

聖武(天皇)が言及している元号が存在しないことを見ても、それ以前(例えば大宝以前)、近畿の人々は権力者ではなかったってわかります?

これさ、有名な「郡評論争」とか見たら一発でわかる。興味ある方は調べてみてください。

だから、「大宝」より前って、でっち上げということね。今の皇室につながる「元号」とは「そんなもの」である。「そんな程度のもの」といってもおれはいい。まあ立場いろいろあろうかとは思うが。

元号は象徴的に「時間」を支配するもの。おれたちにとっては「昭和」が長すぎた。思うに敗戦で「変更」するべきだったかもね。1天皇1元号ではない。長すぎる昭和が過分な意味を与えてしまったという気がしてる。

で、戦後は天皇が「象徴」なのであって、実質は内閣の指導の下でしか天皇は行動できないとするなら、まだ内閣が控えめな時代ならいざ知らず、それを「ないがしろ」にする内閣(それも分かりやすく)であったなら実際の天皇のあるべきstatusにはpmが実質上つくことになりはしないかな?キモいおばはんが「国母」と言ったり、夫の方は天皇を茶化したり、それって戦前・戦中と相似というより、もっとタチが悪いと思うが。

これってヒロくんがどんな天皇になるか、それはこれからの彼と雅子ちゃん次第だけど、完全に年上のpmには「御しやすし」と思われている気配もあり。内奏てなんなん?内奏ではないが、まだ即位前だからさ。となると、その後のおとーとくんを経てその次ね、そこまでいった暁には、天皇(?)ということに成り果ててしまってないだろうか?象徴としての精神的支柱という意味で言うなら、それに代わるものってのが現実的には、そっちも(?)だけどね。

まあそのぅ、みなさん、元号をもう「当たり前」の正当かつ正統なものというのが大前提だと思うのだけど、その始まりにおいて「ウソまみれ」だよ〜、いやマヂで。そこ、どーすんの〜?目瞑んの〜?そんなんでいいの〜?

そんなproblem submission.

posted by 浪速のCAETANO at 09:18| 大阪 ☔| Comment(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どこまでも上昇し、そして急降下する

■「鷲は空の最も深い青を探し求める。」【作者不詳】

posted by 浪速のCAETANO at 07:35| 大阪 | Comment(0) | native american said | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする