2019年04月01日

玄界灘を渡って(第1部)

長崎時代に「玄界灘」は、そこ、にあり、大阪とは異なり、周りに在日の方はほとんどいらっしゃらなかったけれど、この先にあるものは朴槿恵の父親が支配する国と、そのも一つ先には、金日成の北朝鮮があった。
聞こえてくる報道は金大中の誘拐拉致、朴大統領の暗殺未遂、そして今思えば、日本の青年たちの失踪は金正日の仕業というのがまだ確定していなかった頃。そして光州事件。子ども心に、戦慄が何筋も走ったものだった。

大学生の頃、帰省の際に立ち寄った博多の大濠公園、季節は春、坂を登ると鮮やかな衣装に身を包んだ集団が歌い踊りしていた。在日の皆さんの花見だった。

おれはまだピンときてなかったのだ。朝鮮の人たちと「出会って」なかった。西の端で育った者の幸運/不運だ。

それから40年。韓国は民主化を達成し、北朝鮮は「西側」への歩み寄りを始めている。ここはまだ予断を許さないが。というかdtの再選がなければ元に戻る可能性もある。

京城(ソウル)に行くのはなんか躊躇われた。今では友人も何人かいる。大抵はfromソウルだが、北の人もいる。済州市の人もいる。許永中の育った長屋は今のおれのお買い物途中にある。おれは壱岐にも行ったし、五島列島にも行った。対馬はまだ未踏の地だが妹の彼氏が対馬の子だった。そして何よりも九州王朝のことをかなり知ってしまった。

最近は父親の病気と死亡、それに伴ってお袋が1人になってしまったから、時間を見つけで実家へは行っていた。親父が生きてる頃は、九州へと向かう際には、博多、志賀島(金印の)、糸島半島、太宰府などを回ったりもした。玄界灘を挟んでこっちと向こう。こちらの国の、本格的な王権と交易の存在したエリアである。

なんと言っても、アマテラス一族が釜山の鉄を背景にオオクニヌシに「国譲り」を迫ったのは「海洋部族」としての機動性と半島南部が非常に豊かだったことが深く関係している。彼らに、しかし、ただ一つなかったもの、それは「米」なのであって、それが他地域に先駆けて存在した「板付の縄文水田」を我が物にしようと思うことは不思議ではない。

そこからさきの白村江の戦までが九州王朝の「すべて」と言っていい。その間には、卑弥呼が壹与が磐井が讃・珍・斉・興・武の倭の五王がアマタリシホコが薩夜麻が、こちらの偽史には載らず、載っても別人か、ありもしない役割を与えられ、偽りの近畿の王朝に奉仕させられることに甘んじている、が現状だったりする。

もうおれの中では機は熟すぐらい熟していたのだけど、ヒマがなかった。でも今年は新年度始まるまでになかなか時間ができた。ちょっと仕事に膿んでたし、まあ仕事は仕事。モルモッツの録音と自分の音源作りもちょっとおやすみ。

関釜フェリーには憧れがあって、今ならLCC使えばあっという間なのだが、おれは「旅とは過程だよ」という信条を持つ変わり者なのであってその過程が長いほど好ましく、着いて仕舞えばその盛り上がりは6割ほどにトーンダウンしてしまうという困ったヤツだった。

だからおよそ25時間かかる大阪〜釜山というプランを立てた。

で、25時間かけてプラン通り遂行した。

上陸すると荷物を釜山駅のホテルに預けて、金海(キメ)市へと向かう。初日はアテンドしてくれる方がいて、こちらの大学で東洋文学史を教えているミンさんがバス停近くで待っていてくれた。

金冠伽耶のmuseumへと向かう。古墳の隣にmuseumがあり、古墳に登ればカササギがいた、吉兆のカササギ。白黒のうーちゃん柄というかtico柄というか、なかなかそういう柄の刷り込みがおれにはあるのだろうが、可愛い。カラスはほとんど見かけないという。

釜山の鉄、と言ったが、正しくは「金冠伽耶の鉄」なのだった。中国史書には金冠伽耶の鉄を新羅も百済も濊も倭もさらには中国でさえ(楽浪・帯方)、「みんな集って己のものにしようとする」とある。BC2世紀〜AD3世紀のことである。この場合の倭、とはアマテラス一族と言っちゃっていいと思う。

ミンさんには「三国遺事」が〜とか言っても「通じる」のが嬉しい。

金冠伽耶は最後には新羅に征服されるのだがその建国の父とされているのが「首露王」。そしてそれから国が盛り上がり(魏志倭人伝に記されている狗邪韓国=金冠伽耶を中心とする伽耶連合とも言われる。ここしかし、おれはまだよく調べていない)、そこから衰退期、新羅に征服されるまでの王の墓=古墳群がこの「大成洞古墳群」だった。

ちょっと飛ぶが、狗邪韓国は倭を構成する国と陳寿(魏志倭人伝の著者)は言っている。BCとADを跨ぐ頃、海洋国家連合という倭の一員であった可能性はあるが、それを大和朝廷の半島経営にまで「発展」させるのは「夜郎自大」だ。その時「在った」のは連合国家としての倭、そして金冠伽耶(狗邪韓国としとく)、大和朝廷が「出来る」のは680〜701年の遥か未来である。ええ加減なこと言うたらあかんわ。

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任那日本府とかええ加減にしなあかんね。「日の本」という言葉さえ使われ出したかどうか、なタイミングでもある。

金冠伽耶(金官伽耶と言われているがおれは前者の方が好みでそのまま行く)は当時の「貨幣」とも言える鉄生産により、かなり豊かだったことが伺えた。1ECA3049-C2A5-4369-B46E-5193D2C03296.jpg

あまりにも「美しすぎない」だろうか。漢の時代とはローマ帝国の時代であり、「シルクロード」である。

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副葬品の絢爛度は交易のなせるわざとも言え、そこには金冠伽耶も財力があったから、と言えると思う。


金海市は「global city」だ。とにかく、色んな顔が居る。いないのはEU圏とアフリカ人ラテン系ぐらい。いやglobal cityと言ったんはややケーハクでした。「Eurasian City」がもっとも正確だと思う。ロシア系のべっぴんも多かったことで、思わず「ガイジンニュアンス」がおれの中で勝ってたみたい。失礼。

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このdestinationが物語るね。

しかしこの猥雑な坩堝感、たまらんね。トルクメニスタン料理とかなかなか食えんよ。ヤバさも充分漂ってる。金海市も「再開発」の真っ最中で、だが、おそらく帰国してからも残るのはメインストリートから入った路地のあの汚い店の肉まんとかだろう。間違いなく。消えゆくものって汚くとも「美しい」のね。


港というのはいいね。下関港も釜山港も。ありきたりだが、「トラワヨ プサンハンヘ〜」なんて、柄にもなくチョーヨンピルが憑依してたりする。しかし、あの、韓国おばちゃんらの公共のものを「ごく自然に」おのれのモンみたいに使うの、才能やな。感心する。

韓国女性の「顔」というのもあるね。そしてフェリーにて朝起きてロビーへ行くなら、夜とは違ってもうTBSはやってなくってTV画面は二つとも韓国の画面になっていた。金正恩が出ていた。このように頻繁に彼のことは流れるのだろうな。今、日韓の関係はかなり悪い、とされる。よりにもよってそんな時に初半島上陸するおれもおれだが、だが釜山は大都会。大都会だが地面近くのものもいーっぱい。そこは日韓関係など、「それがどーした!」といった庶民のエネルギーはフラフラしない。敢えて釜山でしょ(京城じゃなく)などおのれに言い聞かせてる。それは大阪が大都会という意味と近いと思う。

またまた飛ぶが、共産党の宮本たけしくんが離党して無所属で衆議院の補選(なのかな?)に立候補するという。センチメントを変える、という意味では「すごいこと」やったな。可能性!

まあ実は年号の話から遠ざかりたいという気持ちもあった。まあ人類は「逃げる」がデフォルトであるし。

今日の昼頃には発表される。敢えて非国民、でもいいのね。「悪く変わる」だけではなく、センチメントなどはどこでどう流れが変わるかわからない。

他人事のように、玄界灘の向こうから見ている。



posted by 浪速のCAETANO at 07:05| 大阪 | Comment(0) | 古代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岸和田の男に、この言葉を送りたい

落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の人間を殺すのだ。

posted by 浪速のCAETANO at 04:45| 大阪 | Comment(0) | Ernesto Che dijo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする