2019年06月16日

吹田なあ

以前住んでた豊津駅前の家から、クルマでピューっと北上し、関大前から千里山まで行き、阪急の踏切を渡るかどうか悩んだものだった。渡らなけりゃそのまま第一噴水から文字通り千里山を超える。渡るなら、高塚方面へ「亀頭医院」前から公園まで行ってタバコ吸う。
お散歩ルート、かつての。

千里山駅の東側はちょっと作りかえられて、本日の事件の交番の側の小さなロータリーなんてのはなかった。

吹田、なんだか騒がしい、最近。

千里山から北はほとんど「大阪っぽさ」はない。何を持って大阪っぽいと言うかは難しいが、中津に今おれはいるけど、ここでさえ大阪市の中で言うなら北部、しかし、中津とも吹田は異なる。グレー部分はなくもないが異なる。ただし、順応可能な重なり方である。これが天王寺越して南へと進めばどうだろう?

おれは土日などよく御堂筋線の線路を南北に目一杯使って小商い中だが、地下鉄の貢献もあるのだと思うが、格差というか温度差というか、あるけど、またまたここも順応可能。だがそれはおれの「ええ歳」のなせるワザかもしれない。そんな気がしてきた。

地下鉄や私鉄の貢献とはひとの日常的な行き来、だが、よその人たちが日常的にやってくることは、その特有の色というか背景に「ドット」あるいはそれが進むと「グラデーション」みたいな表面上の目で見える変化が生じることになる。

おれはほぼもう買い物は桃山台の阪急oasisか駒川中野の露店、スーパーということになってしまっているが、明らかに値段など差があるのだけど、そこはうまい使い分けが出来てる。いい主夫になってる。

その二店plus αは見事に地域のニーズに応えている。見事である。スーパーの品揃えと値段設定で地域住民のプロファイリングができる。そんなことは当たり前か。

しかし駒川の商店街はそのなかに無数の立ち飲み、喫茶店を備え、かつ「ヘルメスソース」がいつでも買える酒屋があったりしてセンスもいい。

近隣の方に言いたいが、「それ、当たり前ちゃうから」。

関大前のようにスーパーが存在しない、哀れな駅前というのもあったりするのよね。

「家、特に意味もなく二軒」時代に、関大前に週に5日ほどおったこともあったが、料理好きとしては「うーん、もうっ!」だったことを記しておこう。


飛びすぎてるが、実弾持った男がその辺をウロウロしてる、というのはなかなか吹田では珍しい。吹田警察に捕まえられるだろうか?おれならどこに隠れようか?など思う。起伏もあり、緑もあり、住宅地もあり、公園もあり、池もある。犯人がラリったおっさんならともかく、わりとクレヴァーなやつだったら、なかなか困難な事件かもしれない。まあ、メンは割れてるみたいだが。だが学校もものすごく多いし。二中、一中、佐井寺中、関大などは明日休校にせざるをえんなあ。その範囲はもっと増えそうだという気もするね。


前々から吹田はその人心の荒れ度に関して「まあまあイットルナ」というのがあって、おれの感じですが、よかった時代の吹田からはもうすでに変わっていて、より郊外ならではの殺伐のようなものが現れてきてるかなと思ってた。

単にキタ・ミナミが中心で、ということではなく、まあフラクタル的に小さな中心と周辺みたいなものがもうあちこちに出来ていて、それはより大きなフラクタルに回収され、その逆もありという、そこが平衡保たれてればいいんだけど、それは左右に移動を繰り返しその不安定というか運動だけど、それを大きく人の欲望が包み込んでいる。そんな感じ。


吹田のことを久しぶりにちょっと離れたとこから思ってみた。


posted by 浪速のCAETANO at 13:26| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする