2019年08月12日

御巣鷹・34年前

日本航空123便の「撃墜・墜落」から34年。

昭和史後半の「あさま山荘」と双璧をなす出来事だったとおもう。少なくとも自分の中ではそんなイムパクト。

中曽根元総理が「墓場までその秘密(真実)は持って行く」そう公言している。単なる事故ではない、と言っちゃってるわけね。

米軍?自衛隊?まあどちらか。故意?事故?

御巣鷹山に落ちた際には大勢いた生存者は「改めて」殺害されたという証言がある。誰に?

ジェット燃料には含まれない成分が検出されたり、当初の米軍の救出の申し出を断ったり、voice recorderの一部が未公開だったり、不可解さに満ち溢れている。

日米関係の歪さが凝縮されたような事故(事件)だったかもしれない。うーん、どうかなあ?

当時のCAの方の書かれた本がある。青山透子氏だったと思う。


目標物をどこまでも追撃するタイプのミサイルのターゲットに自衛隊側のミスで123便が設定されてしまった。この「推論」が最も整合性があるように思われる。だが、もっと闇が深いと仰る方も確実に複数いる。中曽根が「墓場まで持っていく」ものとはもっともっと重く、粘度を持つという意味かもしれない。

興味のある方は是非ご自分で調べてみたらいいと思うけどね。

坂本九ちゃんも乗っていた。

この時も事故の資料は「1ton」分、焼かれてしまっている。隠匿体質(こちらの国の)はその時に始まったことではない。敗戦の際も多くの資料が「焼かれて」しまっている。伝統みたいだ。最近もその伝統に則り、に戻っただけかもしれないね。

それと、是非、中曽根に「正直に」本当のことを言ってからあの世に行っていただきたい。当時、12日に事故が起こって、その経過が断片的に報道され、4人が奇跡的に救出されたのがお盆ど真ん中だったこともあり、列島に「遣る瀬無さが充満」していたことを記憶している。

8月の前半分はもう、こう、なんというか、精神が「ぐわー」と何か得体の知れないものに鷲掴みされるかのような、重たく、地の底へと引きずり込まれるかのような恐怖と不安に覆われた「鎮魂」の日々が続く。押しつぶされそうな日々である。

昭和はこのように「いつまでも」忘れられるべきではないという証明だとおもう。そう簡単に年号が更新されたからと言って、何でもかんでも「renewal」なんてアタマ悪いのの典型である。そして歴史は絶対修正しちゃダメ。まあ、「日本書紀」自体が歴史修正の「お手本」みたいな、おれたちは『原罪』めいたものに囚われてしまっちゃってるのだけど。
posted by 浪速のCAETANO at 11:29| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする