2019年12月08日

Sunday Afternoon

tutor終わりで「ほっ」とする。

やっと「ゆっくり」できる。つかの間だけどね。つかの間で十分よん。

クソ・な人間を目撃することが多すぎて辟易とするなか、『中村哲氏』や太郎ちゃんのような人間の存在がおれを救ってくれる。中村さんは過去形となってしまったが、その業績と動機・そのエネルギーは保存される。小さくbreak downされて多くの人の中に。

困っている・弱いとされる人に寄り添うことにその人生を捧げる。そういうことをできる人間の数は「ごく少ない」が、いる。社会のヒーローである。

だが新自由主義mindの浸透した社会ではおのれのこと「だけ」を考えて小銭のために生き、人生においてリスクを取るなんてこともなく、そんな「セコイやつ」が、ポジショントークをし、いっちょまえの意見を述べ、「現状」を良きものと判断し、変化を好まず、当然だが弱者のことは見て見ぬ振りをし、あとほんの数十年に備えている。社会の上から下までまあそんなことである。下はそんな余裕ないかな?

うんざりだ。

そういうのに「面白いやつ」なんて0人だから、付き合うこともないのだけど、すれ違った際に、彼らは小銭でpride持ってるから勘違いも甚だしいのだが、めんどくさいものだ。

まあいい。divided states of Japan.


しかし、まあおれもダメだな、小さいな。人の悪口言ってる間があったら自分のことしろよ・である。いや。違うな。まあありがたいことに、自分のこと・が割と「社会的」であったりすることがおれを救ってくれてるのだよね。だから、「全く個人的なこと」というのはあんまりないのね、自分がやってることにはね。


一般論だが、「能力」はみんなのため・社会のために使わないといけない。そう思う。無意識にそうなることが最も理想的であると思う。その人は人生へのリスク・を取りながらやっているってことね。大成功するかもしれないし、大失敗するかもしれないね。どっちでもいいんじゃないか。リスクを取ってやる・が楽しいんだから。安穏な人生を送りたい方には「どうぞどうぞ」とダチョウ倶楽部になるしかない。


今日は「John Lennon」「真珠湾」の日だったね。長崎のuncle Harrisonの井手さんはもう何年になるのかな・この日にずっと「平和祈念像」の前で「Imagine」を歌い続けている。こういう「一見何にもならないようなこと」が実は大切なことなんだね。


おれも40年前のことを思い出すよ。元奥さん家に居候しながら「punk&reggae」の卒論書きながら「John was shot」の報を聞いたからね。
posted by 浪速のCAETANO at 16:45| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中村さんの最後の寄稿

我々(われわれ)の「緑の大地計画」(※1)はアフガニスタン東部の中心地・ジャララバード北部農村を潤し、二〇二〇年、その最終段階に入る。大部分がヒンズークシ山脈を源流とするクナール川流域で、村落は大小の険峻(けんしゅん)な峡谷に散在する。辺鄙(へんぴ)で孤立した村も少なくない。

 比較的大きな半平野部は人口が多く、公的事業も行われるが、小さな村はしばしば関心をひかず、昔と変わらぬ生活を送っていることが少なくない。我々の灌漑(かんがい)計画もそうで、「経済効果」を考えて後回しにしてきた村もある。こうした村は旧来の文化風習を堅持する傾向が強く、過激な宗教主義の温床ともなる。当然、治安当局が警戒し、外国人はもちろん、政府関係者でさえも恐れて近寄らない。

◆忠誠集める英雄

 ゴレークはそうした村の一つで、人口約五千人、耕地面積は二百ヘクタールに満たない。これまで、日本の非政府組織(NGO)である日本国際ボランティアセンターが診療所を運営したことがあるだけで、まともな事業は行われたことがなかった。PMS(平和医療団・日本=※2)としては、計画の完成に当たり、このような例を拾い上げ、計画地域全体に恩恵を行き渡らせる方針を立てている。

 同村はジャララバード市内から半日、クナール川対岸のダラエヌールから筏(いかだ)で渡るか、我々が三年前から工事中の村から遡行(そこう)する。周辺と交流の少ない村で、地域では特異な存在だ。圧倒的多数のパシュトゥン民族の中にあって、唯一パシャイ族の一支族で構成され、家父長的な封建秩序の下にある。

 パシャイはヌーリスタン族と並ぶ東部の山岳民族で、同村の指導者はカカ・マリク・ジャンダール。伝説的な英雄で、村民は彼への忠誠で結束が成り立っている。他部族にも聞こえ、同村には手を出さない。

 十月中旬、我々は予備調査を兼ねて、初の訪問を行った。クナール川をはさんで対岸にPMSが作った堰(せき)があり、年々の河道変化で取水困難に陥っていた。ゴレーク側からも工事を行わないと回復の見通しが立たない。ゴレークの方でも取水口が働かず、度重なる鉄砲水にも脅かされ、耕地は荒れ放題である。この際、一挙に工事を進め、両岸の問題を解決しようとした。

 最初に通されたのは村のゲストハウスで、各家長約二百名が集まって我々を歓待した。他で見かける山の集落とさして変わらないが、貧困にもかかわらず、こざっぱりしていて、惨めな様子は少しも感ぜられなかった。

 ジャンダールは年齢八十歳、村を代表して応対した。彼と対面するのは初めてで、厳(いか)めしい偉丈夫を想像していたが、意外に小柄で人懐っこく、温厚な紳士だ。威あって猛からず、周囲の者を目配せ一つで動かす。

 PMSの仕事はよく知られていた。同村上下流は、既に計画完了間際で、ここだけが残されていたからである。

 「水や収穫のことで、困ったことはありませんか」

 「専門家の諸君にお任せします。諸君の誠実を信じます。お迎えできたことだけで、村はうれしいのです」

写真

◆終末的世相の中

 こんな言葉はめったに聞けない。彼らは神と人を信じることでしか、この厳しい世界を生きられないのだ。かつて一般的であった倫理観の神髄を懐かしく聞き、対照的な都市部の民心の変化を思い浮かべていた−約十八年前(〇一年)の軍事介入とその後の近代化は、結末が明らかになり始めている。アフガン人の中にさえ、農村部の後進性を笑い、忠誠だの信義だのは時代遅れとする風潮が台頭している。

 近代化と民主化はしばしば同義である。巨大都市カブールでは、上流層の間で東京やロンドンとさして変わらぬファッションが流行する。見たこともない交通ラッシュ、霞(かすみ)のように街路を覆う排ガス。人権は叫ばれても、街路にうずくまる行倒れや流民たちへの温かい視線は薄れた。泡立つカブール川の汚濁はもはや川とは言えず、両岸はプラスチックごみが堆積する。

 国土を省みぬ無責任な主張、華やかな消費生活への憧れ、終わりのない内戦、襲いかかる温暖化による干ばつ−終末的な世相の中で、アフガニスタンは何を啓示するのか。見捨てられた小世界で心温まる絆を見いだす意味を問い、近代化のさらに彼方(かなた)を見つめる。

※1 用水路を建設し、砂漠や荒野を農地に変えるプロジェクト

※2 非政府組織「ペシャワール会」(福岡市)の現地団体

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:13| 大阪 ☀| Comment(0) | the words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする