2019年12月25日

on Christmas songs on Christmas Day

今は昔、あれはバブル期だったのだろうか?商業主義クリスマスに「まんまと」乗せられているっちゅうか、自ら進んで乗っかっていってるというか、そんな時代があって、あ、いま思い出したが、バブルは終わってたな。クルマ乗ってたからバブルは終わってました。ベルリンの壁は崩れてました。ゴルビーも失脚してました。

で、時は流れ、曽根崎の5年目ぐらいだった。クリスマスもまた一番美味しい時代は過ぎ、大衆化して、遅れてきた若者たちが無駄にはしゃぐというか今のハロウィーンみたいになって食傷気味な頃だね、「無自覚・無批判」のクリスマスってどーなのよ?いや・マヂで。しかしそれにしては、しっかりそれなりに根付いてるよね、など思って(小学生時代の自宅でのケーキ・ちょっとしたパーティの真似事、ちょっとしたプレゼントなどの、定着してしまった記憶などもあるのよね)しかしなあ、おれたちは信仰などというものとは無関係にその上っ面だけを見て愚かにもはしゃいどるのよね、数十年に渡って、そんなやや複雑というか、真面目・不真面目の境目で、じゃあ社会的になってしまったTodo O Mundoでどないする?と自問自答した結果が『すき焼きをみんなで食おう』だった。

過去のおのれ・は「棚にあげる」がinovationの基本です。


一時避難的なアイディアにも思えたが、もうかれこれ16・7年続いちゃってるよ。もうしかし、あんまり「人来られる」のも嫌なので(変な店)、今年はこじんまりやろか・と店長とも話をしていた。

おれは昨日は女子大の今年最終で、だが『Feliz Natal e prospero ano novo』とは言わず「メリークリスマス&ア ハッピィニューイヤー」といって帰ってきたが、帰ってすぐに前夜からワインに漬け込んでいた昆布を取り出し、「出汁製作仕上げ」にかかるわけね。醤油は「湯浅だまり」。

「大人のすき焼き用」。

予定通り、少数精鋭第五ゲリラ部隊的少人数の会でした。もうおれはおのれの出汁で肉とネギをそればっかり永遠に食っときたい。それに一番合うドリンクは「綾鷹」である。意外ながら。

こないだは「牡蠣宴」だったから最近ささやかな贅沢が続いている。ワインの消費が著しい。

興が乗れば、クリスマスソングの一曲や二曲演奏する気もあったのだが、静かなノリに終始した昨夜だったな。そういうのもいいのね。「盛り上がる」だけが能じゃない。もはやサルではないのだから。

「white X'mas」「Feliz Navidad」「happy X'mas」「It’s X'mas(brave combo)」なんかがマイレパートリー。

どれも素晴らしい名曲だ。通用期間限定っちゅうのが惜しいほど。

神戸「corazon」では一昨年「Feliz Navidad」、その2年前か、高瀬が聴きに来てくれたむーちゃん仕切りの舞洲のホテル営業(牡蠣小屋)では「Happy X'mas」を演った。高瀬はその一ヶ月後に逝っちゃうことになるんだが。


「so this is X'mas」で始まるジョンとヨーコのかの曲、そのメッセージ、imagineにも通じるところあって、実にジョンらしい。曲・というのは聴いてる・と「演る」では『大違い』。ショーケースのメニューと実食ほど、違います。

クリスマス休戦というのもある(あった)ぐらいで、その当時はtemporaryな平和・今日と明日だけはね、ぐらいのことだったのだが、それをジョンが広げてくれた・と思う。副題の「war is over」の後には「if you want it」と続く。そのころはジョンが最もキリストに近づいた時期だと思うけど、その存在感が増すことはそれだけriskyということでもある。歴史は語る。


賞味期限は本日までだけれど、「数あるChristmas Song」に囲まれて過ごすのもよかろうと思う。きっと君は来ない・は要らんが。今や・おれはあれが一番恥ずかしい。御好きにどーぞ。

















posted by 浪速のCAETANO at 11:46| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする