2020年02月16日

休日に

『Star Trek PICARD』

大変味わい深い。生きてて良かった。the 3rd episodeまで・今んとこ。

まだSeven of Nineには遭遇していない。時間の問題。

ピカードのパイロットはSalvationのあいつ・サンティアゴ・カブレラだった。悪くない。

アンドロイド・EMH・ロミュラン・タルシアー・ボーグ・ピカードを救って死んだデータ少佐・データの「双子の娘」、キーワードを挙げておこう。


「双子の破壊者」の女優・ちょっとブスなのもいい。

一話完結ではなく、映画を、あちこち寄り道しながらも緻密に遂行しているかのような、まあSalvationの方式ね。


久しぶりのなんにも無い日。店も休みだった。よく忘れる。第三日曜日。今日は行かなあかんと思って行ったら、「店主・閉め出し」なことがよくあり。間抜けな話なのだが、いろんなスケジュールが「並行進行」して、その数本を飛び石のようにぴょんぴょん渡り続けているいる身としては、小jumpしていった先の石が「消滅」してることがある。着地しようとした時に気づくのね。


LATINの日・本日。Natalia Lafourcadeとジェニーとメキシコ猫。今大好きなのだけど。チリのモン・ラフェルテもいいけどね。

今・メキシコが熱い。


もう何度目になるだろうか?おのれの中のラテン・ブーム。軽く聞こえるかも知らんが、さにあらず。何曲もラテンの曲は書いてきてるからだ。

あのね、「曲を書く」ことに使う「情報量」ってマニアが何枚も録音物を聴いて得る「知識」に匹敵するというかそれだけでは決して触ることのない情報に身を浸すことになるのね。

ということで、Nataliaは伝統音楽に回帰することで何か「大きな収穫」があったね。アウグスティン・ララの曲ばかりやってるアルバムもあります。アウグスティンはなんとなく、おれと共通の音楽的資質を持ってる・とおれの直感が告げていてそういうものにはとりあえず従うの。


Nataliaとメキシコ猫とRyとManuel Galbanのマンボ・シヌエンドが今のおれのヘヴィローテーション。「かろみ」と「センティミエント」の同居がいいのね。ヘヴィな音にちょっと疲れてる。なんかデッド・エンドに向かって体当たりみたいな、それって「加速主義」に加担してるのでは?など、ちょっと思う。

暑苦しいのもごめん。粒子を自由にしてあげて、外へ向かって拡散するのがいいね。コロナウイルスかよ。

だがウイルスの戦略・って悪くない・これもまたおれの直感が告げている。元々は「win/win」であるはずなのね。変化したのはおれたちの方で、環境もそのおかげで変容させられたんだもんね。思い上がってるのはおれたちの方だと思う・おそらく。


色々飛ぶのだが、例によって、あちこちの大学にお邪魔してると、多くの大学で「コモン」という言葉を聞く・見る。「共有財産としての知」ほどの意味だと思うが、資本主義の後にくる社会の「キーワード」でもあると思うのね。知は情報・といってもいいかも知らんのだが、現在はそれが資本に独占されつつあるわけで、もうされちゃったといってもいいのかもしれませんが、それをみんなのものとして取り返す。そしてそれをみんなで共有する・なんて考えは魅力的だし、そこにポスト資本主義のキーがあるとおれは思うが、一見「カッコいいルックス」で実は「greed」剥き出しのGAFAをはじめとするメガ企業とそれに「進んで」盲従する人々が「実は抵抗勢力」なんだよ。ポスト資本主義への抵抗勢力ね。

民主主義に「疲れた」人々にはそれが「ちょうどいい」といった皮肉な状況もあるけど。やる気をくじかれた人々には「視野狭窄」と「内向」が居心地がいいんだろうね。わからんでもないけど。それがvoting rateに表れていて、それが実数として50000000人ほどいるとするなら、そしてそれが一向に減らないとするなら、もうとりあえず「終わり」である。

終わらないように力を尽くすのか、終わらせてresetに賭けるのか、そんな二択の「不毛の誘惑」に駆られる。いかんいかん・と思い直して、また明日も生きていきましょう。な〜んて。










posted by 浪速のCAETANO at 17:48| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

拘束という意味において

約束は牢獄と同じ。

「startrek picard」
posted by 浪速のCAETANO at 05:58| 大阪 ☁| Comment(0) | actor's line TV dramas,movies | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする