2020年03月06日

啓蟄過ぎて

『啓蟄』

「啓」は「開くこと」・「蟄」は「虫が土の中に隠れている様子」。

2020年は、3月5日だった。正確には「昨日」ということになる。


去年の今頃書いたザ・モルモッツのアルバムの最後の曲『火星に転勤』は「淀川の水・温む頃」・という一節で始まる。淀川に手・突っ込んだわけじゃないけどさ。

春のイメージ・を言葉にしようと思った時、まあ中津人民の一人として、10年ここに住んだ者の「実感」(手・突っ込んだことないが)だった。ランドマークは、おれにとっては「スカイビル」ではなく『淀川』だった。なんというか「重さ」が違うかな。どちらも正確にいうなら「人工物」だけれども、川は常に流れている。常に「動きながら」その形態を留めている。そのコンセプトがおれを惹きつけるのだろう・と解釈してる。自分のことってよくわかんないけどね。

啓蟄が巡ってくるとおれも1つ歳をとる。『22645日』生きた(空気を直接吸った)こととなる。plus母親の胎内に「存在」していた時間がある。そんなことを考えるになんか・おれごときのアタマでは「理解できない」なんらかのチカラにその偶然が導かれている・そんな「大きなスキーム」の存在が感じられ、そうなると「カミ」ではないだろうけれど、なんらかの法則というか「偶然を司る決まり」みたいなものがあるのかな?ないのかな?どっち?そんな気持ちになるよね。おれはなる。どっちか決めれないけどね。

賢くなればなるほど・アホになる。そんな「定理」もあるみたいですね。

賢くなっていった挙句・がアホだった、とは一瞬でカラダ全体の「骨溶ける」・あるいはエヴェレストに登頂したつもりがマリアナ海溝の底だった・そんな感覚に陥るが、まあそんなもんである・おれたちなんて。

すごい・なんて思われてる人々だって「そんなもん」である。幻想なんて「要らん」なあ・要らんわ。生身の人間・儚い存在の生き物がそこにいるだけのこと。


今年は桜の開花も早いと報じられてる。さもありなむ、これだけの暖冬である。空気の暖かさとは対照的にハートも懐も「寒い」けどね。


懐の寒さは「自己責任」かも知らんが、ハートの寒さって、政治のせい・といってしまっていいのでは?「いや・それもお前の責任やろ?」と言うやつ・いるかも知らんね。相手にしない。


ヤバい話。今更、Chinese/Koreanの入国に2週間の「隔離」って、これは帰ってくるJapaneseにも当てはまると言う。おいおい、それバカウヨが喜ぶね。
しかも、隔離の施設は「おのれで」用意しないといかん、て、真性のアホか。なんで今頃「水際」。too late。毎日言うてるが。

鎖国。

なんで、「思いつき」としか見えんようなことばかりするかね。今China/Korea行ってる人・見事に「ハシゴ外された」ね。

おれのハニーの一人・帰ってこれんやないかい。

もう北海道の緊急事態宣言も・全国版の「練習」だったことも分かっている。それがバレて、何故「北海道だけ」どんどん感染が明らかになってたかも理由がわかるね。知事は元夕張市長でSecretaryの子分。そのお礼に「マスク」ね。わかりやすいね。

ただ、そのことはちょっと恐ろしいと言うか・予想されていたことが「現実」なのだなという論理的推測が成り立つことになる。

それは全国においても・特に観光客が多い地域においては「北海道並みの感染率・感染数」であるに違いない・ということだ。

大阪が「6人」とかあり得ない。


なんでおのれのAnneversarioにこのような「つまんないこと」を書かなきゃいかんのだ?と勝手に怒ってる。


虫たちにも「今出てきたらヤバいのよ・もうちょいゆっくりしとけば」と言葉が通じるなら「忠告」したい。





posted by 浪速のCAETANO at 08:14| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする