2020年06月28日

10万をご近所で

今、飯食いに行こう、となると、「イタリアン?焼肉?フレンチ?割烹?中華?Vietnamese?寿司?」色々ありすぎて困る。これが供給過剰という現象。

だが、おれたち「カネ」がないでしょう?まああるところにはあるが。ないとこには「ない」。「偏在」という変なことになってる。それにコロナ・であるから、お店は大変である。Todo O Mundoも「健気に」やってる。うちの店はナマモノとかがほぼないから助かってる。Aomi店長のマネージメントもまあうまく行ってる。たまに酔っ払いすぎて計算できんくなってるが。

うちは「潰れない」。がよそは潰れるかも。うちは潰れない・とはいうが「まだ」潰れない・が正確かな。人はいずれ死ぬし、ものは・店はいずれ潰れる。


で、カネの偏在はビンボー人を増やし、ビンボー人は飯食いに・酒飲みに行けない。3回行ってたのが2回になる。店困る。2回だったのが1回になる。店潰れる。インディアン嘘つかない。それが予想できる流れです。


太郎ちゃんの政策のうち「愛に溢れたもの」があってそれは都民に10万円配る・というのがある。ただし、その10万円はご近所のお店で使い切ろう・というものなのだが、これ一見子供染みて見えるが「極めて優れた経済政策」だとおもう。都民が都民を救う。マクロからミクロへの「経済の流れ」が可視化できるという極めて優れた政策。

こんな政策(というか発想だね)は残念ながら宇都宮さんからも出て来ない。今回、野党統一候補ではなかったことは「良かった」。チャーシュー野田や枝野みたいなバカで石頭と街宣車に乗り、旧態依然としたマナーで、本人が喋り出すまでに各党の党首クラスの「ご挨拶」が延々続くなんて、れいわの支持者には「ごっつい」フラストレーション溜まるだろうな・とは容易に想像できるでしょ。

もうどことも組まんでええよ。


飛んでるが、戻るが、供給過剰で、需要側にカネがなく、お店にいかなかったら、店は潰れて行く。それが続くとどうなるか、店がどんどん少なくなって、そのうちにちーとだけ経済が回復したとする。その時「物価」はどうなるか?店の単価はどうなるか?というか行きたいのに店行列になるでしょ。今は「供給過剰」で店はどんどん「ダンピング競争」にならざるを得ないんだけど、これが立場が逆なら、お店は強気になるよね、値段下げなくていいから。競争は少ない。それがマイルドかどうかはわからんがインフレってことね。まあ飲みに行くなんてことは「毎日」ってわけじゃないだろうけれど、それが「日用品」で起きるとどうなるか?毎日使うようなものの工場が今述べたようなことでどんどん潰れて行き、その供給がおっつかなくなるようなこと、それが「ハイパーインフレ」の入り口なのよね。

そうなったら、国の経済という国自体が終わる。


太郎ちゃんの政策の中でおれが一番気に入ってるのは「10万円あげるからご近所で使い切ってちょーだい」というもの。


昨日のウェブ討論、ユリコの狡猾さと小野のクソ維新マインドがよくわかった。ユリコは「食えんな」。日本会議。さすが狡猾で知能の高い晋三だね。ユリコ圧勝と言われているし、その通りの結果が出ると思うのだが、まあしかし、どこまで迫れるか?「正常な都民」にどこまで夢を見せれるか?それは次につながる。「正常な国民」が増えない限り、晋三やユリコの同類にいつまでも「顔が代わるだけ」というごまかしに騙されることになる。


おれが生きてる間にいいことがあるかな・ないかな?まあそこ詰めんとこ。


posted by 浪速のCAETANO at 15:56| 大阪 ☁| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする