2020年09月06日

死んでいただくのね

どエラい10号、いま九州の西岸を掠めながら北上しているみたいだ。
上陸はしてないみたいだが、風は九州全体が「台風進路の東」であることから大変なことにならないか、と心配している。すで停電各県で報告されている。新幹線も止まってる。今長崎県が暴風雨域に入った。

実家の瓦、飛ばないでね〜、と祈るしかないのよね。望み薄だが。雨はいいんだが(いいこともないが)うちの場合は「風」。


頭ひとつ出てるのよねえ。


さっき、長崎の友人にメールで訊いたら、ホテルは満杯だそうだ。ホームセンターが大繁盛、養生テープ・ブルーシート売り切れだって。なるほどね。

なんかさあ、「なんでおれたちこんな目に遭ってんの?」とみなさん、思わないのかなあ?自然災害の「容赦なさ」はしょーがないのだが、そこを柔らげる政府の態度と政策によってしかおれたちは救われないってことを、分かってますか?

そこら辺、うちの国「大変無能」ってことも知ってますか?だってかつての大災害@広島時に、赤坂自民亭で「イエーい」だからね。想像力のない人間って「死ねばいい」と思うんだけどね。

おれは「死ね」「明日死ね」「今すぐ死ね」「必ず死ね」言い続ける。それに値するクソ人間には。

いや、人間みんな死ぬやん、いずれ。早いか遅いかよ。ただし、ポイントは、おれが死ね、と言ったとしてもそやつは「死なん」のよ。そこがオチ・ね。だから例えば白井くんがユーミンに死ねと言ったからといってもユーミンはご存命なわけよ。権力を持ってる人間に対して、そこを制限されるとするならそんな理不尽なことはなく、おれはクソウヨと権力者には言い続ける。そいつらは「それを言われるためだけに」存在してる、ようなものです。

これは「塩梅」の問題でもあるが、「倫理的優位」はそりゃ理想ですけどね。そんな悠長なこと言ってられるんかな。いや、その態度を継続できる人はいいのよ。ただもう「待った無し」やねん、状況は。

おれだって余裕こいてる時なら言い方考えるよ。そして自分が「言論」あるいは「売文」で食ってるなら、そこ若干神経質にならざるを得んけどさ。おれは自分が好きなことを「仕事にしてない」ので。そこ、あんまりおれの人生に「弊害は極極小」なのね。

「フリー」なのよ、ごめんね。

だってなんかおかしいねん、今のこの世が。おれの生きてきた過程でこんな「理不尽」なことが連続してしかもその半分ほどがある集団の恣意に基づいて起こり続けている、なんてことはなかったわけで。

いいことももないとね、悪いこと事ばっかりじゃ狂ってしまいますので。おれの頭の中で今後も「多くの人間に死んでいただきます」。


posted by 浪速のCAETANO at 21:28| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする