2020年09月08日

変容・変容してる・変容前

全米オープンを流しながら。

今日は唯一「ちょっとマシな」忙しさの日。夜に塾のセッションが一本だけ。クルマでも乗るか!

乗る間がなくて。だが、いいの。いざとなったら「行きたくなったらいつでも行ける」というある種の保険というか、mobile ルーターも契約して最悪山の中でもテレワークができるようにしたわけで。

まあ、いろんなことがおこり、いろんなことが変化したこの半年だった。まあ事態は収束することもなく、最善の解決策も未だ見つかってはいない。

ただなんとなく、こちらの国の特性だが、目先を変えてなんとか紛らせよう、忘れたフリをしとこう、そんな意図を感じる。ほんと、なにかを「直視」するのが苦手なんだなあ。カタストロフの1分前まで気付かないフリを続けるつもりなのだろうか?


このところ社会の変容も加速度ついている。ただ、その変容が螺旋を描いて円の中心へと向かうヴェクトルのような気がしている。どんどん深みに落ち込んでいるかのような印象を持ってる。ブラックホール的とでも言うか。その「閉塞」をデフォルトとして生きる、ってのが条件なのよ、分かりる?としょっちゅう説教されてるみたいで力抜ける。

1950s生まれとしては、「抜け」が欲しいなあ、と思うのね。おれたちの、まあおれはそんな中でも愉しみを見つけるのは下手な方ではないが、その愉しみもまたスケールダウンするのは致し方のないことか。有馬温泉でも行くか。だはは。


本当は湯ノ峰温泉なんだけどね。つぼ湯が「貫通」していたけれど修繕終わったのかなあ?湯川や勝浦の湯も懐かしすぎる。寒くなり過ぎる前とか時間を作りたい。もうR168をぶっ飛ばす元気があるのかどうかわかんないのだが、中辺路は走りたい。おれが行ってた旅館もいっぱい廃業しちゃっただろうなあと思う。残っていたとしても代替わりなんてことも十分考えられ、二代目が初代同様のホスピタリティの持ち主とは限らず、アホのコンサルなんかにかるーく、騙されてるかも知らんのだよね。複数回お世話になった宿はどうも気になる。検証ツアーが必要だね。

ひとつの大学の収録の撮り溜めすると、ウイークデイなら時間が作れそうな気がしている。二泊三日なら行けそうだ。ちょっと希望。テレワークもあるんだし。浴衣でお勉強っちゅうのも悪くないよね。おれたちは「ホモ・ルーデンス」で「ホモ・モーヴェンス」でもあるのね。ただし、常に遠隔っちゅうのの限界というか、物足りなさって確かにある。直に会っておんなじ空気を吸うことの貴重さにも同時に気付くわけだよね。贅沢さとでも言い換えられようか、と思うけど。

変容前の社会へのnostalgia 、隠せないし、また隠さんでもいいと思う。あの社会に戻りたいよね。おれもめったに直に人には会わなくなって、ついちょっと外出する際にマスクを忘れる。最近はバッグにあらかじめ入れている。携帯用の傘だとか買い物用の「シュパット」だとかモバイルルーターだとかドーピングセットだとかいろいろ入っていて肝心な時に探せないことが多い。前のバッグは10LDKだったのが今のは2DKほどの「間取り」になってしまってるからだ。

ある事を考えると他のことを「必ず」忘れる。トシだねえ。変容とは「外部に限った」ことでもなさそうだ。


数年前に読んだジェフ・ヴァンダミアの悪夢小説にも似た現実を生きている。そんな気がする。
posted by 浪速のCAETANO at 11:27| 大阪 ☔| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする