2020年10月01日

現実って

Luluの毛のテクスチュアが、う〜ん・・・・・・・・・・ぺろそっくり。

ちょっと「困ってしまう」。


今日から新しい月。そして今夜は中秋の名月。おれたちの精神を置いてけぼり・にして惑星・衛星は淡々と動き続けてる。


精神だけが「厄介」な気がする時がある。大きな「意思」のようなものを感じるときは余計にそうだったりする。惑星・衛星の進行とか・身近な例なら地震の頻発だとかそれをもたらすことになるマントル対流とか・太陽を妨げる雲の存在とかだ。


そういった「自然」に意思はあるか?あるような気がするしないような気もする。科学が「到達し得ない」field。ケムトレイル撒いたりする不届きな輩もいたりするが。そう言えば「人工地震」「人工台風」もいまの科学技術では、あり・だ。


もしかして自然の意思があるとするなら、そういった人間由来の小賢しさのさらに「上位」にそれは位置する。少なくともそんなコンセンサスを全地球的に持てればいいのに。そう思う。だいたい生意気なんだよね・おれたち。たかが哺乳類の分際で。

昨日、阪神高速で「ドナドナのトラック」を追い抜いた。4・500kgはありそうな豚くんたちが「頭・ケツ・頭・ケツ」と互い違いにならばされて運ばれていた。豚くんたちの「知能」とかおれたちは過小評価してないのか?とちょっと心配になった。奇しくもおれたちはLULUを運搬していた。ちょうど店長の太ももらへんにLuluがウンコ漏らした時だった。哺乳類のおれたちが同じ哺乳類の仔猫を飼おうと西から東へと向かってるその横で、同じ哺乳類の豚くんたちは殺されるために同じく西から東へと運ばれていたのだった。

頭・ケツ・頭・ケツ、などという「効率」にゲー吐きそうになったりする。身体への落書き(意味があると思われるが)にも心が痛かった。


罪深いと思う。おれはまあおのれのことは棚に上げて人に・「お前は、◯◯以下の存在である(◯◯には動物名が入る)」などよく言ってきたが、おれも含めて「おれたちは◯◯以下の存在」であるような気がする。

humanism(人間主義)の片手落ち度というか傲慢度というか、じゃあしかしそれはmanmalism(哺乳類主義)だったらいいのか、animalism(動物主義)だったらいいのか、と単にその範囲を広げていったらええっちゅうもんでもないのはわかってるのだが、何かそのような「机上の空論的・理想」を思った。

誰も傷つかず、誰もが穏やかにその生を全うできるような「机上の空論的・理想の社会」なのだが、SFしかないのかねえ。ただ、どんでん返し的、もっとひどい現実がその裏に隠されていた・みたいな結末にしかならんような気もする。

人権を勝ち取った経験のない・ただ概念として与えられただけの国の人間は平気で過ちを犯す。技能実習生や入管などで「お前らほんまに『現代人』なんか?」そんな扱いを外国人に対してするクソがいる。


閉じられたこの国で、ほんの小さな世界の中に安住して、そいつのエゴの肥大に伴い、その世界がモンストロウザ(膨張)し、頭だけがでかくなった歪な人間たちが満員電車に閉じ込められている・そんな風刺画で表現されるような気持ち悪さがある。いや、こちらの国だけではない。こちらの国化・がアニメなどを通してグローバルに広がっている。

現実から「遠く離れて」だな。


航空会社のアナウンスメントも「Ladies & Gentlemen」から「Everyone」「All Passengers」と変えられる。現実の格差が広がることとは裏腹に「建前」はどんどん平準化の方向へと向かう。だが、その乖離に不穏なものも感じてる。
posted by 浪速のCAETANO at 11:01| 大阪 ☀| Comment(0) | その嘘・ホント? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする