2020年11月04日

無責任に大統領選挙

フロリダ、テキサス、ペンシルヴェニア、dtが取りそうなんですけど。

ということで、残ってる州の選挙人の数見たらdtが勝つね。ほー。上記3州がポイントだったね。アメリカ国民は「わかりやすい災難」が続くことになり、大混乱とコロナと、それらにもよる分断で、こちらの国に先駆けて崩壊しそう。世界はChina一強だね。

こちらの国はもうわかりやすい「股裂き」。太腿の腱切れそうだね。ガースーが主体的に国民のために国をコントロールなんて出来ないことは、予算委員会があからさまにしちゃったわけで、安倍以上にただただdtのケツナメに勤しむことになるだろう。

おれは、jbよりもこちらの国にとっては良かったと思ってる。「そうでもなく見えて結果的に超最悪」か「最悪を覚悟しといてそのままやっぱり最悪」ほどの違い。


忘れてた。100000000を超えるという「voted early」票があった。jb票が多いという観測。ブッシュvsゴアの再来かな。なるほど、でdtが「勝利宣言・とりあえず」ということか。

すんなり行かないね。他所の国の話だからね。どーでもいいんだけどね。
posted by 浪速のCAETANO at 12:26| 大阪 ☀| Comment(0) | 世界・地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紀行短編「おれにもさせ・」

「ラ メール」な大村湾が左手前方に広がってきた。シーサイド・ライナーという名の列車は大村湾を左手に見て北へと向かっている。
長崎には少年時代しか住んでいなかったことから、こちら方面へは来たことがない。家から出てどこかへ行く、とはほぼ100%博多を経由して、関西へ、ということだった。

昨日は寒冷前線のために雨だったが、今日は清々しい秋晴れ。右手やや遠くには小高い山が何個も見え、軌道とそれらの間には高速道路が走り、その両側に民家や田んぼが点在している。小山の高さは200mといったところだろうか。

左手にはこの列車の名の由来でもある大村湾が本格的に広がってきた。湾の中ほどまでやってきたことを意味する。


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Caetano Veloso “Leaozinho “が頭の中で鳴っている。左手は鏡のような内海、右手は田園地帯という環境が無意識に選ばせたものだろう。このところ多かったのは “Digital Witness” St. Vincentだった。環境の影響は大きい。

大村湾には冗談みたいに小さい島々が点在する。あれは夢だったのだろうか?滑石大神宮の道挟んで反対側に365段だったと思うが、小高い丘に登る階段があった。なぜかは知らないし、今でもわからないのだが「行ってはいけない」と言われていた。だが、行くなと言われると行ってしまうのが常ではないか。中学生だったと思う。その丘に登ると視界は一気に360度に開け、北を向くなら大村湾の南端が、とは言えかなり遠くまで見渡せた。ラ・メールにはその周囲が50から150mほどの小島が点在しているのだった。

高いところからの視点は、所有欲ともまた少し異なり、「当然」自分のものといった感覚にとらわれた。誰かから奪い取った、ではなく、誰かから譲り受けた、でもなく、生来自分のものなのだが、そうだったことは忘れている、そんな感覚で島々を眺めていた。

50年ほど前のことだった。怖ろしい。半世紀経っていても好みにさほど変化がないところが怖ろしい。深夜に聴覚についての科学番組を見ていた。妊娠3ヶ月の胎児が母親の声に反応して笑っていた。隣の部屋で母親が寝ていたからかもしれない。自分の記憶が果たしていつからあったのか?一切の先入観と常識を捨ててみたら、直観として見えたことはなんと「胎内の記憶」だった。この人はきっといろんなことを思い、語りかけていたに違いなかった。名前もまだない自分に、だが間違いなく母の身体の一部としての存在に「何か」を語っていた。それは言葉でもないのかもしれない。母の視床下部が判断した交感神経・副交感神経の働きの結果かもしれない。ホルモンは満遍なく母子の体内を巡ることだろう。それをまだ未熟すぎる脳が「メッセージ」と捉えることは、母のハートビート同様大きな意味のあることだと思える。そのトランスなビート、時折聴こえるそれ以外の声(音)、そして体を巡る化学物質。原体験として「それ」があったのだ。

列車は海が運河状になって囲んでいる土地の駅に停まる。ひとの出入りがある。何かと思えば、Haus Ten Boschだった。

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そして佐世保。友人たちには馬鹿にされそうだから言わないのだが、初めて佐世保に来たのだった。

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おれにも佐世保。



佐世保から松浦なんとか鉄道で1時間と20分、「たびら平戸口」に着いた。「日本最西端の駅」とある。鉄道オタクなら盛り上がるところだろう。

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タクシーで平戸大橋を渡る。今では平戸だけではなく生月島も橋で繋がっている。図書館へ行く。素晴らしい、というか素晴らしすぎる立地だった。二方が海に面し、もう一方は平戸城というちょっと信じられないような奇跡的な立地である。


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すぐ後ろに平戸城。春は城の下、桜お満開。東和薬品のhpに行ってもないのに、見てもないのに、想像力だけでコラムを書いて小銭稼いだことがある。でも「大丈夫」・だろう。そうズレてはいなかった。


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前方は海。


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左手にも海。


コーヒーもDOUTORのヴェンダーが入っていたから珍しくカプチーノを持って2時間ほど過ごした。


数日前の「運命」の選択選挙に負けていたなら、この海に投身したかもしれないな、とも思う。いや、環境とはそういうものだ。住んでる街の「失われた10年」誰がどう責任を取り、そして落とし前をつけてくれる、というのか。マリアナ海溝からのリスタートとよく言っていたが、リスタートが始まることさえ疑問だった。そんな時が来るのか、さえ「?」だった。勝った負けたというようなそんな単純な話でもないような気がしている。ズシーンと重たいものが「精神的疲労」として残っている。突然理不尽な目に遭ってしまった被害者、当事者とはそういうものだと思う。そして、アメリカほどではないにせよ「分断」されてしまったし。


平戸から船に乗って「島」行こうと思い立ったのは10月31日のことだった。逃げたかったのだ。11月1日に実家へ向かう新幹線の車内で結果を知ることになるのは分かっていたから「どちらにしても」逃げたかった。市民んであることからも逃げたかった。逃走したかった。「北へ」逃げる、が常套句だが、西寄りの北方向へ逃げることにした。以前から訪れたかった平戸では「気が収まらない」。もっと西へ。もっと北へ。そして「的山大島」へ行くことにした。

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青い点が分かるだろうか?そこにいる。すごくいっぱい島がある。平戸も本来島である。平戸大橋と生月大橋で本土と繋がったけれど。

島といえば日生の大多府島、頭島、佐渡島、壱岐、福江島、奈留島、答志島、大島などに行ってるが今回は成り行きだった。まず島の名前が「読めない」。

おれの「無知」を通り越して読めない、難しい。「アズチ大島」と言う。長崎の島といえば「キリシタン」なのだが、この島は違った。南の平戸、生月、度島は今でも「オラショ」のエコーが残っていることを示すアイコンがあちこちに残る。

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@平戸。

だがこの島は違った。

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船の待ち合いで。いい感じ。

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「上陸券!」

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船内。大統領選挙。

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おじさんのキャップより。「たいていは前向き」無理がなくていい。

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もう着く。
posted by 浪速のCAETANO at 01:19| 大阪 ☁| Comment(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする