2020年11月05日

地元に何かを

骨董屋 この菜の花も 売りますか


奈良・東大寺での今度の展示の句。
posted by 浪速のCAETANO at 04:32| 大阪 | Comment(0) | 丸谷たきこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編紀行「おれにも、、、」2

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島の朝焼け。

昨夜は風が相当強かった。部屋が禁煙だったのだが、喫煙所はあるのだが遠い。ベランダで吸うのだけど、携帯灰皿を持ちつつ。

正直寒い。ドアを半開けで足で支えつつ吸う。焼酎をお湯割りして体をあっためつつ。

しかし、この島自体が「吹きっさらし」なのだった。西にはもう「何もない」。北にも。風を遮るものは何もないのだ。台風でだいぶやられました、と宿のご主人が仰ってた。

開かれすぎてるというのも、確かに困る時がある。ただ、昨夜など、もうどこへも行けないわけで、開かれつつ閉じられている、そんな島のリアルを思った。刑務所が孤島というのはよくある。「流刑」もあった。後鳥羽や後醍醐が流されたのは隠岐島だったが、まさに開かれつつ閉じられた環境である。本土との距離ね。

豊かな島だった。段々畑に原生林。おれたち世代には結構nostalgicな風景であると思う。実際にそういうとこで育つかどうかというより、そんなものがどこかにはある、というのが昭和30〜40年代の常識だったからだ。

鯨の町だったとも聞いた。神武がまだ博多時代、取れた鯨の肉を「ちょっと年増の嫁にはちょこっとね、わかいよめにはたっぷりね」なんて歌があったりする。giftだったわけね。

米はもちろん、大豆、綿花、なども採れたみたいである。綺麗な水も湧く。見事な棚田がある。

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贅沢な田んぼ。美味い米だった。

晴れて、黄砂もpm2.5も飛んでいず視界が良かった。標高216mの島のhighest Pointからは;

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壱岐。天孫族の本拠地。対馬も見えてた、うっすらと。壱岐があんなに「近くに」見えるとは意外だった。どの方向を見ても島が見える。友達いっぱいいていいじゃん。だが、島ごとのこだわりはあるってさ。排他性も含むという意味である。

どうしても話は古い方へ古い方へと向かうのだが、「黒曜石」が出るらしい。というか実際出ていた。日本海側の西端だけのことはある。

黒曜石は「縄文時代の貨幣」である。長野の和田峠が最大の産地だけれども、ウラジオストックでその和田峠産の黒曜石が出ている。古代の環日本海における海上交通の「お盛ん」を示す事例だが、そのインプリケーションは実は「国引き神話」@出雲にある。4つの土地を引っ張ってきて「出雲」を形成するというものだがその一つがウラジオストックである。

神話と馬鹿にすることなかれ。その背後には重大な事実が隠されているのね。もちろんそのままの意味で取っちゃアホですが。

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黒曜石に鯨の脊椎。

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ネーミングが微妙な「朝鮮井戸」。海のこんなに近くだが、一切塩水は混ざらない。この水を求めて様々な人々がここへ来たことが分かる。

黒曜石=obsidian。カーデシアのCIAというかKGBというかモサドというか、ガラックがいた組織、オブシディアン・オーダーだね。only to “trekie “。

なんの知識もなく突然訪れた島だったが、興味深かった。おれたちは「なーんにも」知らない。

そして平戸を大探検と行きたかったのだが、時間に制限あり。フェリーで戻り、佐世保行きのバスに乗る。

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おれにも佐世保(2回目)。


平戸はほんとに美しい街。桜の季節にまた来ようと思った。図書館から見上げるお満開の桜と、振り返ればエメラルド・グリーンの海のコントラストに死ぬだろう。今度はきっとクルマで行こう。教会巡りも、今回「取っておいた」からね。

アタマの中では「Look for the silver lining」が鳴っている。そろそろ、Chet Bakerの季節だね。秋も深まってきたよね。

もう一つの「懸案事項」。それは九十九島。

行かずしてコラム、の対象物。タクシーで急行する。佐世保の街は、まあ長崎に似ていると思った。山が迫り、平地は少ない。坂もまあまあある。だが唯一異なるのは、そう米軍がいる。米軍基地、SSK、三菱重工の長崎とともに造船の街だった。昭和を思うね。重工業の時代だった。コステロが詩を書いて、クライヴ・ランガーが曲を、ロバート・ワイアットが歌う(コステロも歌ってるが)Shipbuildingという曲、象徴的だね。造船所が再開され街に潤いが戻るがその子たちは徴兵されるかも知れなかった。そんな歌詞を思い出した。大きな戦争によって小さな街がちょっとだけ豊かになる。世界の矛盾がそこには凝縮されてしまってるからね。

そんなことを思ってたら「パール・シー」についてタイミングよく遊覧船に乗れた。

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ゆったりした50分の遊覧で、震災の後の年に花巻の途中に寄った宮城県の松島の遊覧のようにカモメが群れなして寄ってきてそれを狙って鳶が後を追うなどといったスペクタクルもなく、平和な海の平穏な遊覧だった。終わってから解禁された牡蠣を死ぬほど食ったろ、と思っていたが、週末だけよん、と言われた。世界は大統領選挙で大騒ぎになっていた。あれも「ギガレヴェルの住民投票」だね。人は「痛む」よね。





posted by 浪速のCAETANO at 03:37| 大阪 | Comment(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする