2020年11月10日

電場のいたずら・か

収録と塾が終わり、阪急dept.で手に入れた「ハゲ」のチリ鍋を雑炊で〆て、ソファで一眠りしていた。

夢を見ていた。国へ帰っているchina girlの夢。春節で帰って、そのまま戻れない状況だった。

今月来日するとメールがあったのは1ヶ月ほど前。ご存知の様に、chinaにおいてはLINEは使えない。以前gmailを交換した気もするが電場の彼方へと消えてしまった。だからいわゆる国際電話を開通してそしてショートメールという進んでるのか進んでないのかよくわからんツールでメールが来る。

おれが夢みてる間に、彼女からそのメールがきていた。言葉のメールが2通とdigital messegeが2通。電飾のハートだった。

不思議なことがあるものだ。だが、あとで確認するとdigital messegeは消えていた。

彼女がおれのことを「思い」メールをはるばる大陸から送信するときにおれが彼女の夢をみる。そのシンクロニシティに何かを感じるし、ロマンチックでさえある。

ヒトは元は猿だし、もっと前は被捕食動物だから「感覚」はもっと優れていたに違いない。その名残を自分の中に感じる時がある。ここは言語化が難しいのだけど。五感と体温・脈拍、分泌系、皮膚感覚、そんなものがないまぜになった全体と部分。それを頼りに「逃げて逃げ続けていまに至る」訳だった。


目に見えない部分・カウントできないorしづらい部分・そんなものに惹かれるのは以前からなのだが、ここ説明が難しい。


『THE BAND』の「かつて兄弟だった」を見たが、「曲」とは誰のものか・ということが根本のリヴォンとロビーの対立点なのだけど、『THE BAND』の様なこれ以上ない様な最高の音楽集団においては、曲の「発端」は作者だが、その完成者は全員である・というしかない。当時なら余計に・だ。

ここでも「目に見えないもの」あるいは「見えているが評価の基準が曖昧なもの」がどう全方位において評価され得るのか、という問題は古くて新しい。スタジオミュージシャンに譜面を「はい」ではないのだ。そんな「人間臭い場」などもはや消滅してしまったが。だが「最高の贅沢」ではある。BiG PINK。

Once We Were Brothers, Brothers No More.

何度か、だが、うるっと、涙腺緩みかけた。

Beatlesに匹敵する音楽集団・というのは全く過言ではなく、だがその後の「富と名声」という意味では、月とスッポンである。

LAST WALTZ後のリヴォン、リック、ロビーのソロアルバムには「超最高の一枚」がそれぞれあるが、どれも甲乙つけがたい、至上の名盤だ。

ジョージ・ハリスンや伊勢うどんはわかるが、ピーター・ガブリエルが出てきたのはちょっと驚いた。しかし最後は何かしら物悲しい。彼らもまたそれぞれの「Sentimiento」を生きたのだ。


色々と不思議でわからないことが起こるから、生きてることは面白い。そんな気がしたよ。












posted by 浪速のCAETANO at 05:34| 大阪 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする