2008年06月12日

おかんのロマンはちょっと

 「お勉強ができること」と「そいつといて不愉快ではないこと」との相関関係が崩れだしたのっていつ頃からだったろう・と考えている。

 もちろん、例外ってのはあって、「例外的」なヤツばかりがうちの塾にはいるのだけど、それを「例外的」と感じれるだけの感覚はおれにもあって、そこからかなりの確度をもって「非例外的」つまり一般の情況を推測できるのだが、おれんちの塾はなぜか奇跡的に「精神の疲弊」を対人関係において体現するという不愉快なやつがいないので、また仮にそうであってもおれみたいな「オトナのアホ」と付き合ってるうちに不愉快度合いがどんどん減少してきたりする変な場所なので、ただ、新自由主義的価値観とはどうしても根本的に仲良くないとこも最近はおれの側に顕著で、それを敏感に感じ、対応する中高生とはどうもソリがあわないみたいで、最近はそんな中高生は北摂を牛耳る大手のR塾をはじめとする「北野高校・茨木高校153人合格!!!!」などという垂れ幕で世のおかあちゃんたちの自尊心と虚栄心をくすぐるそっちの塾や予備校に「なんの逡巡もなく」行っている。それは別に構わない。そして、おれんちは、その環境にちょいと適応するのに時間がかかる・またはぼーっとしていておいてけぼり・みたいなやつのシェルターの役割を果たしているみたいなところがある。

 基本的に今の学校においては「アホ」に人権はないのではないか・と思う。昔以上に。しかし、コドモとしての面白さを追求していると「アホ」になっちゃうのである・必然的に。コドモとしての面白さを如何に速く脱皮するか・が新自由主義への適応度とコドモたちは無意識のうちに考えているフシがある。コドモは体制に敏感だから。それはお勉強ができるできないに関係なく、それぞれにある種の圧力がかかる。もちろん、その時期は「ワル」とか「エロ」とか誘惑も多いのだけど。そこんとこ普通のおかんたちは視野に敢えて入れていない気もする。はなから、ないものとして振る舞うと言うか。だから余計に歪んだカタチでそれらに接触するなら接触することになる。

 なんかね、おかんの、自分のお○んこ裂けそうになったり、実際に裂けたり裂かれたりすることから始まる「ドラマ」がおかんの数だけあって(コドモの数でないとこがポイントかもしれない)、そして多くのおかんはそれを相対化できていず、コドモとわたしの関係に夢を見てる・としか思えないときがある。それは「オンナのロマン」というべきもので、「オトコのロマン」が大抵は周りにメーワクなことと同様、「オンナのロマン」は確実にオノレのコドモ(息子がメイン)を巻き込むだけに現実にはもっとタチが悪いんぢゃないの・と言う気がする。

 立派な母もおりますよ・もちろん。ただ、オンナの常として、いまだ自分に未練がある方なら必ず上の定理の範疇だろう・と思う。コドモを媒体にしたオノレの「欲望」の体現だ・なんてかなり「ヒドい」こと言ってるのかもしらんが、コドモはやや迷惑してると思うのだ。さらに「おばちゃんも欲望全開してええんや!!!」ということになったから余計に事態は複雑化する。

 関係ないが、おれは「母親」になったオンナの方・まったく興味を覚えない。こわすぎるのだ。モンスター・ペアレント(ツ)という言葉が造られる前からおかんは「モンスター」だった・と思います。やはりお○んこ裂けそうになる体験がそうさせるのだろうか・わからない・わかるすべもない・わかりたくもないかもしらん。

 今まで、コドモを意のままにしようとすると、同等の「復讐」をされますよ・と何度も仕事柄忠告をしてきた。「放っといて」「自分で考えさせ」「痛い思いをして」わかっていくことだらけなのに、なんかわけわからんうちから「ノウハウ」を叩き込まれ、それがよくできると報酬を与えられ・なんてことを幼少のうちからやってたら、ロボットの脳とヒトの肉体の噛み合わせの悪さにきっと困るはずだもん。

 「勝ち組」「負け組」なんて言葉、ほんとに「品」がないと思うが、それを最初造って得意げに、そしてある時期から当然のように使ってるマスメディアの皆様、もちろん、自分は「勝ち組」の中にいる・って思ってるわけよな。そこがもっとも品性に欠けるとこだけど。「生存競争」という言葉があるが、競争しないと生存出来ない社会って「自然」となんら変わらない。「弱肉強食」なんて言葉もよく使われるが、それはこの社会が結局「自然」です・という意味よね。何もかも「アメリカ」を模倣する必要はないはずだが。

 コドモたち、勉強が出来なきゃいかん・という呪縛から自由にさせてあげたい・と思いながら、「負ける」のわかっていながら、お勉強教える「オトナのアホ」もいるわけで。

 アキバの加藤くんの罪は罪として、思いつくまま述べてみた。あいかわらずまとまらんのだけどね。

posted by 浪速のCAETANO at 14:39| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私、オカンです。オカンには母である以外のステージを持っていない人が多いですね。だから子どものデキは私の(母としての)デキ。私はどっちかっていうと子どもほったらかしすぎなオカンですが、どうでしょう、あのアキバの加藤くんのオカンがテレビカメラの前に引きずり出されて、崩れ落ちてもなお、さらされている様。アレ見ると私もひるみます。要は「てめえの育て方はどうなっとんじゃ!」っていうことでしょ。でも、人殺しになってくれ、と育てるオカンなんていないよ。子どもなんて生れ落ちた瞬間からもう別人格なのに。という共通認識がない社会である限りオカンのロマンは果てしなく続き、その被害者は増える一方だろうなあ。
Posted by キングと同棲中 at 2008年06月13日 14:04
こんにちわ。
成績表が届けられて、不満が爆発してた時に読みました(苦笑)
私は娘達の行ってる学校、嫌い。先生達が大嫌いなんで。勉強ができなきゃいかん、っていう呪縛から自由にしてあげたいと親としては思うけど、イタリアの学校も日本と同じ道を歩んでる、確実に。
Posted by いき at 2008年06月18日 18:59
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