2008年06月17日

EURO決勝トーナメントへの2

 いや・ほんとに早朝はびっくりした。マスメディアの方々もびっくりしたみたいで、「やっぱこれは言っとかなきゃいかんな。ほんとはタイガーウッズの方が興味だけど」なんてレヴェルの伝え方をしていた。ま・どーでもいいのよ。

 地上波のニュースなんてそんなもんだし、ずっと見てるとアホになっちゃうからね。

 EUROを見てて、思うこと。ジョガドールの「流動化」である。純粋な意味の「自前の」プレイヤーだけで構成されたチームってイタリアとクロアチア・トルコぐらいなものだ。多くのチームが帰化したプレイヤーを含んでいる。

 ポルトガルのデコやナガイの双子の弟かも知らんペペはde BRASIL。このパターンは以前から見かけていた。おっきな意味で言うならジダンやイングランドのブラックのプレイヤーなんかもそれに当たる。

 ところが、今回見てると、その旧宗主国・植民地といった関係ではないところの流動化がある。ボドルスキー(ポーランド→ドイツ)なんてのはそのスレスレんとこで、ドイツにもマリオ・ゴメスがいるし、スイスのハカン・ヤキン(トルコ→スイス)やポドルスキーは母国と闘い点を入れた。複雑だと思う。どんな気持ちがするのか。ポドルスキーがそのことをインタヴューで触れられ、話をすぐ変えたことからもそれは推測出来る。同じEUといっても、「連合」であってやはりネイション・ステート的な「国」とはいえないわけで、だからこそEUROなんて大会が成り立つのだけど。ポーランドには南米のプレイヤーまでいる。

 サッカーを媒体にした人の移動・と言ってしまえば話はそれで終わりだが、例えば日本もトゥーリオがいる。しかし、例えば将来W杯に出る為に中国の選手が日本に帰化するなんてことが考えられるかと言うなら「NON」である。あるいはその逆。

 それをヨーロッパの成熟といえば、これもまた話は終わってしまうのだけど、自国のサッカーの為ならしょうがない・なんて意識がやっぱりあるのだろうか。それとも各リーグにおける外国人選手への慣れが壁を低くしているのだろうか。そのポーランドの南米出身プレイヤーなどはポーランド語なんてもちろん話せないわけで、しかし、今回1点入れて、そのことで「彼単体」に関しては、受け入れられることだろう。

 EUROの「懐」を見る思いでモニター前にかじりついているのだが、見習うべき部分は多い・と思う。国家間のコドモじみた対立はなく、だがしかし、ゲームとなれば別・というような、翻ってアジア・太平洋地域を見てみたら、いきった考えたらずのワカモノといえるようなアメリカ・日本・中国の「実験国家」があったりして、そのサッカーのレヴェルの高さや都市の美しさと相まって羨ましく思う。

 おれの予想では、セミファイナルで「夢のカード」ポルトガルvsクロアチアが見れる可能性が高い。どちらがどれだけ楽しく・かつ・強いか。ほんとに夢見た対決だ。そうするためにはポルトガルは多分ドイツを、クロアチアはナイスなトルコを破らなければいけない。向こうのブロックではスペインとオランダのセミファイナルになるだろう。どちらも今乗りに乗ってるから壮絶なゲームになるだろう。その前にフランスとイタリアは決勝トーナメント進出をかけて明日第三試合を闘うのだが、2年前のW杯のファイナリストの2国がそんなメンツをかけて当たるわけだから、それもまた大変だ。どちらかは予選敗退なのだ。時は流れるし、勢力図も変わっていく。平家物語のようだ。

 ここ2日ほどで緊張感がぐっと高まってきた。どのゲームも涙が出るほどすばらしく・切なく・美しい。それはそのモチヴェーションの高さと、サッカーがチーム・ゲームなのにもかかわらず、プレイヤー一人一人の「個人度」が高く、その上でチーム・プレイをやっているという念の要り方によるような気がしている。

 こんないいゲームばっかり見せられると、ポルトガルポルトガルと言ってるのがややアホらしくもなってくる。ラテンとゲルマンと・旧ユーゴのサッカーの火花が散る瞬間をしっかり瞼に焼き付けようと思っている。
 
posted by 浪速のCAETANO at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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