2008年06月30日

EURO2008 FINAL

 勝つべくして勝ったスペイン。

 そこには「ワクワクするようなサッカー」の理想型があった。こんなにいいチームがかつてあったかな、こんなにいいチームが。

 これで取れなきゃ、もう取れない・という意味で言うなら前回のポルトガルと今回のスペインは似ている点がある。要するに「こっち側のサッカー」とゲイリー・リネカーの言う「サッカーとは常にドイツが勝つスポーツである」というそちら側のサッカーがあって、不思議なことにそちら側のサッカー・ファンというのも多いのね。

 勝ち負けにこだわる人は全世界にいて、おれは自分がそういうことにあまり重きを置かない、「勝ち組」や「負け組」とかそういうサルが作った線引きには基本的に興味がなく、「美」に勝ちも負けもないだろうよ・と言う立場の人間であるから、よくわからないのだが、そのわからないながらも、トーナメントというのは負けてしまえば即退場・というキビシい世界で、ここで前回ならポルトガル・今回ならスペインがいなくなったら、サミシいな、最後の最後まで彼らのプレーを見たいな・と思っていたわけで、それに関して言うなら、前回も今回もいたって満足なわけだった。

 散りばめられたファンタジスタ・というのが今回のスペイン・チームで、特にワン・トップにしてからの前の5人とそれを支える要のマルコス・セナの6人、これが理想的な1-4-1を形成していて、そのイマジナティヴな連携は、おれに消費税のことをこの一ヶ月弱、忘れさせてくれた・というものであった。さっきまではほんとに良かった。うってかわって今は現実に潰されそうだが。

 まあそれは置いといてー(置いとけないけど)、このEUROというイヴェント・である。おれ思うんだけど、EURO+ブラジル/アルゼンチンでいいんじゃないのかな、サッカーの大会って。それを2年に一回やれば、それでいいんじゃないかな。数が合わんと言うなら、あと2チーム世界予選をやって勝ち上がったチームを加える。それを5チームずつ四つのグループに分けて後は同じ。上位2チームずつの決勝トーナメントをベスト8から行う。完璧ぢゃん・と思うが。

 こうまではっきり地域実力差がある場合、ここんとこは「格差」を変な平等主義でなんかせんでもええんぢゃないかい・と思う。今回スイス・オーストリーが開催国だったが、予選免除のこれらの2国は「いいとこなし」で予選敗退。これが現実でしょ。ホームも何も関係ないほどの格差がそこにはあって、その格差というのは、上位に君臨する「サッカー大国」と言われる、数カ国「ブラジル・アルゼンチン・イングランド・イタリア・ドイツ」を頂点とするヒエラルヒーをおれは認めたい。次のグループには「オランダ・スペイン・フランス・ポルトガル」なんかがいるが。それは根付いてしまっている文化だからもうしょうがない。フランス大会のフランスを除けば、それ以外の国がW杯でチャンピオンになることはないわけで、だから次の南アフリカW杯でもアフリカの国が勝つことはない。決勝トーナメントには2.3カ国残るだろうけど。そこには「歴然」とした「差」がある。

 そこに入らない国は「勝つ」ことに全精力を使わないといけないわけで、美しいサッカーを目指す・なんてお題目は唱えることはできるが、日本だってそんなことを何度も言ってきたが、それは口先だけの話で、そっち方面やろうとするとすごく弱いし、だから結局そちら側のサッカーに徹している他のアジアの国にも負けたりするわけでさ。おれはアメリカ・オーストラリア・韓国のサッカーが醜いと常々思っていて、それはよく言っているが「プラグマティックなサッカー」ということだが、それはドイツ系のそっち側のサッカーの美点(ドイツ・サッカーにも美点はある)を排して「ただ勝つ為には」と非常に低い次元で割り切ったサッカーだから醜いのだが、勝ち負けにしか反応しない、オンナ・コドモ・局アナ・バカディレクター・バカタレントとかもう相手にしなくていいぢゃん・
と空気に向かって叫んどきたい。

 だから今回のスペインのサッカーを見た後では、ちゃんと寝不足になって見てた人にはものすごくわかると思うけども、勝負でもあるが、サッカーを文化の根っこがあって初めて成り立つと見るなら「表現」なのだ。その表現のレヴェルがとんでもなく高いならば、それは勝負を飛び越え(もちろん勝つわけだけども)精神の深いところに響くわけである。

 バレーボールとかみたいに、「肯定」を前提にするスポーツとは違って、サッカーをはじめとするフットボール全般に言えることだが、「否定」を前提とするスポーツの良さをわかるには「成熟」が必要だ。文化的なそして人間的な。それはゲームの中で「うまくいくこと」というのがバレーボールなんかにくらべると驚くほどその確率が低いからなのだ。バレーやバスケはほとんど10秒ほどでポイントが入る。それはそのスポーツが「うまくいって当たり前」なスポーツだからだ。そしてそのポイント(点)は加算されていく。加算されるということはものすごく「わかりやすい」。だからこれはアホが見るスポーツなのだ。カタルシスも10秒毎にある。これもまたアホ用のスポーツであることの証し・だ。ポップコーンなんか喰いながらさ。バレーの応援してるやつらの「ワタシってこんなにアホです」という表情や態度見てたらホントよくわかるのだけど、そしてプレイヤーの「ボクもホントにアホなんです」というポイント決めてからの喜び方見てもよくわかるのだけども、会場はもう「アホ」で充満している。死んでくれ・と言いたい。

 そういった開き直った「ダサさ」の集団って敵に回すとものすごいコワいのであるが、もう回してる気もするが、ホントのことは言っとかないといけない。だから、そんなもんでいいわけでしょ・チミらは。EUROのサッカーなんて視聴率2%ぐらいだと思うもん。みんなオリンピックの方が好きなんだからね。ま・それはいいけども。

 ただサッカーというスポーツの特徴は、何をするにしても、確率のものすごく低いことがそのプレーのすべてなのだから、一つのパスを通すことから始まって、他のジョガドールが動き出す際に、失敗を前提に、というか確度の低いことを前提にすべての動きがあり、だから、ひとつひとつのプレーが奇跡的なわけで、その奇跡的なプレーが繋がって「GOAL!!!」という本当の奇跡が起こる。サッカーを見るというのはその奇跡の予感を楽しむことなのだ。まだ起こってはいない奇跡の予感・ね。そして本当の奇跡は奇跡らしく、「たまにしか」起こらない。バレーやバスケはその得点は「予定調和」であって、バレーなんて特に、自陣で相手の邪魔もないところで、攻撃を組み立てられるわけで、想像の域を超えることなんて何もない。どこがおもろいねん・そんなもん。

 解説の岡ちゃんが、EUROは南米選手権やアジア選手権と同列の大会なのに、なんでEUROだけこんなにきらびやかなのかなあ・と寝ぼけたことを言っていたが、「真性アホか、お前は、岡田」と言っておくけどさ、サッカー関係者なら理由はわかってるはずで、それを敢えてとぼけるなんて、お前は「空想の世界」に生きながら代表の監督やっとんか。もっと謙虚になれよ。バカにもほどがある。日本なんてW杯行けるかどうかビミョーなとこなので、一瞬強がってみただけかもしらんが、まあいいけど、セスクを日本の誰に重ねとったのか知らんが、やっぱ残念だけどちょいとちゃうよ。違っていいんだけど、上からモノ言うべきじゃない。FC東京の前監督の原さんみたいに「うわ・うー、ええっ・うわー(これが解説)」でいいんでないかい。

 「差」を認識しないことには、なんにも始まりません。代表は興味もあるし、応援もしているが、例えば、スペインと同組に入って、やってみたら10-0ぐらいで負けると思うが、それでいいと思うが、そんなことぐらいからしか始まらないと思う。ナカータのいらだちもきっとそんなところにあったのだと思う。たぶん岡ちゃんもうすぐクビでしょう。まだ日本人監督は時期尚早だろう。オシムの脳梗塞が悔やまれるね。ピクシーになってもらったらいいねん。

 ああ、EUROは終わってしまった。何度も言うが最もすばらしいスポーツ・イヴェントだ。そして高度なサッカーほど、見ているおれを解放してくれるスポーツもない・というわけだった。それにしてもスペイン・チーム、ユーロの王者として、2年前のW杯の王者イタリアと比べても遜色ない。いや、FAR MORE THAN ITALYである。すべてを備えている完璧なチームだった。おめでとう・イスパーニャ。真の「無敵艦隊」になれるかもね。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | カルチョ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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