2008年07月02日

人生ストロング・スタイルで

 朝トイレで機嫌良く本を読んで,終えて流す。ウォシュレットが「こない」。水流・水量ともにしょぼい。まあしかしなんとか流れはした。

 たばこを買いに行くと、貼り紙があり、17時まで断水だ・と。なんでやねんだ。

 しかし、そのう、水が流れない時に限って、幾度とトイレに行ってしまう、おれの胃腸コンディション。不条理・だ。現在それは震災後の仮設トイレの如き惨状であった。うーん、しかし、またモヨオすわけだね・これが。

 2008も半分終わってしまった。はあー。もうほんと・はあー・である。梅雨とは言え、まだじゃじゃぶりはないが、これから小笠原高気圧が南から押し上げて来るその時に、梅雨前線も北上してくるから、そん時がやばい。所謂「梅雨のさいごっ屁」であるが、おれが勝手にそう言ってるだけで広辞苑には載っとらんよ・載っとらんが言い得て妙・と自画自賛するのであるが、そんなCATS&DOGSがあって梅雨は終わる。いや、今年は早漏な激暑は未だなく、いいぢゃないのいいぢゃないのと思っていて、ただし、梅雨が開けたならそりゃある程度覚悟しなきゃいけない。

 夏という季節、特に日本の夏はこう亜熱帯化する前からキョーレツはキョーレツだったしね。かつては京都の夏・奈良の夏ってのが、そのストロング・スタイルを誇っていたが大阪の夏も今や負けず劣らずカール・ゴッチ直伝ほどのそれである。

 カール・ゴッチっつってもみなさん、よく分からんだろうと思うが、おれたちがコドモの頃、プロレスというのはこれがなかなか大きな比重を占めていたわけよ、TV番組においては。

 力道山という半島系のパイオニアがいて、戦後対アメリカへのコムプレックスやら憎しみやらをシャープ兄弟相手に、日本人の憂さをはらす、まあ今思えば「装置」だったのかと思うが、当時はちびだから、そして力道山が実際闘っているところはリアルタイムで見たか見なかったかのビミョーなとこだけど、それが豊登とか馬場とか吉村道明の時代になり、しかし、なんかコドモ心にも「ショー」的な意味合いを感じてたころ、突然登場したのが猪木寛至だった。で、ジャイアンツのピッチャーだった馬場正平がジャイアント馬場になるように猪木寛至はアントニオ猪木になるんだけど、なんかね、それまでのプロレスラーというのは、相撲取り上がりや、あと馬場にしてもなんだかいびつなニュアンスがありある意味「フリーク的」であるというか、これはプロレスの大切な要素なのであるが、なんかサーカス的だったのね。ところが猪木はなんか違ってた。それはバネというか運動神経というか、もうそれが群を抜いていて、その頃のメインは馬場だったのだが、猪木は馬場と組んで馬場の露払い的な役割だつたんだけども、どう考えてもその馬場の十六文キックが「効くんかなあ・ほんまにぃ?」なんて思っていたのだ。あと、脳天唐竹割りとかね。キャッチとしてはナイス!!!ながらその効果としては「きっと今イチ」なんてコドモ心に思ってた。馬場のスローモーな動きも「なんかさ」だったわけ。

 そんな時に猪木のコブラツイストを見てしまった。おれたちの常として、技を見たなら、やっぱ友だち同士でその技・掛け合って、その「効果」を確かめるのが、正しい小学生であるから、それをやられてみたところ・・・これ痛い。その時、その固め技というものの地味ながらかなりの効果有りなんてことが、それ以前のデストロイヤーの四の字固めのあまりの痛さとともに甦り、なんか猪木すごいぞ・ということになった。ていうか、馬場より強いんちゃうん・という意見もすでにあった。

 その後、馬場と猪木はいろいろあって袂を分かち、馬場は「全日本プロレス」猪木は「新日本プロレス」、全日・新日と呼んでいたが、日テレ・テレビ朝日と放送局もうまく分かれ、交流もなしに独自の展開を見せていく。

 その頃言われていたことが、ショー的な全日の「いたわりのプロレス」に対して新日の「ストロング・スタイル」なのであって、これはその後の猪木の異種格闘技〜前田明の UWF〜リングス〜プライドに続く路線の先駆けとなるんだけど、その猪木と猪木門下の師匠と言われるグレイト・レスラーがカール・ゴッチなのだった。カール・ゴッチの十八番と言えば「人間橋」という異名をもつ「ジャーマン・スープレックス・ホールド」。ちょっと前も「タモリ倶楽部」でゴッチの特集をやっていたが、まあ「タモリ倶楽部」は常に・特集ではあるが、クロート好みのプロレスラーとしてはやはりみんな一目置いているわけだ。プロレスはやはり「ショー的要素」はあって、そんな中、初期のプロレスにおいて、その暗黙の了解をすぐに反古にするという理由で、一時期ヨーロッパのリングでホされていたカール・ゴッチは、同様のメンタリティを持つ猪木を弟子として、マンガ「タイガー・マスク」の「虎の穴」のモデル「蛇の穴」というジムで過酷な訓練をする。猪木門下はほぼすべてカール・ゴッチスクールの卒業生である。

 一度ゴッチvs猪木の師弟対決ってのがあり、その時は猪木が勝ったのかな。そして師弟対決というカードの面白さにみんな気づき、猪木vs藤波、猪木vs長州、長州vs藤波、猪木vs前田、長州vs前田、前田vs藤波など、数えきれないほどの名勝負が生まれる。当然、アナウンサーは古館伊知郎であって、数々の「咄嗟に出た明言」を残すわけなのだが、彼もF1ぐらいまでにしとけばよかったのに、今の反動的なMCにはムカついてはいるが、当時は彼もコミで「新日」だった。猪木はスタン・ハンセン、ブルーザ・ブロディ、アンドレ・ザ・ジャイアント、ハルク・ホーガン、タイガー・ジェット・シン、上田馬之助などと死闘を繰り広げるわけであるが、「誰でもいいからかかってこい」という姿勢は、「一体ほんとのところ誰が一番強いのか」という周りの興味だけでなく、本人たちの興味でもあったのだ・ということがわかる。すべてカール・ゴッチゆずりのメンタリティである。

 そんな頃馬場は何をやっていたか、「いたわりのプロレス」を続けながら、「キャラ」になり、三十二文キックという新技を「発明」した。ドロップ・キックである。普通のレスラーの誰でもやるドロップ・キックを馬場がやると十六文×2で三十二文になる・という反応するのは小学生限定・の新技だった。それは地上から50cmぐらいしか飛んでいなかった。

 それぢゃあ・ダメよ。
 

 
posted by 浪速のCAETANO at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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