2008年07月03日

嵐のような・ってLIKE A HURRICANEの直訳ぢゃん

 ものすごいワタクシ事ながら、基本的にワタクシ事ながら、ヴォイジャーの3回目が終わり、ピカード艦長のスタートレックの6回目ぐらいになるのかなあ、が始まり、という変な時間軸で生きている。

 セヴンに会えんとなるとやや寂しいわけだった。しかし、アメリカ・カスーとよく言っているが、TVドラマの充実は、日本のそれのちゃんちゃらおかしいのに反して(言うてもそない見とらんが)俳優の質・量・脚本・原作に至るまでなんか「参った」だなあ。

 なんだかゆうべは、そういった「I MISS YOU」な感情に支配されて、膨大なVTR漁りとなり、ニール・ヤングの80年代のライヴにより、さらに涙腺ユルむ。ワイン飲んだのがやや理性を失わせてしまったかな、最初っからね、と今は思うのだ。まあ開けると飲んじゃわないといかんから、いかんからっちゅうことでもないが、まあちょっと久しぶりに地中海方面で行こうと思い、毎晩喰ってた男前豆腐はパスして、ラタトゥイユの残りと賞味期限切れの生ハムでスパニッシュ・オムレツをつくって、カツオのカルパッチョの新しいソースを試したかったわけで、そんな感じになった。2日間冷やしたカリフォルニアのシャルドネはナイスだったから、くいくい「進んで」しまった。

 で、またニール・ヤングだったのだが、80年代であるからハゲでもいず、トランスフォーマー・マンの時代で、しかもベルリンだったから、テクノ風のコスチュームも最初笑けるわけだけど、まあそのうちにニール・ヤングはニール・ヤングという世界に突入するわけ。バッファローのベースがおれの嫌いなタイプなのだけど、ニルス・ロフグレンが周りで猿回しのサルのように動いてるのはまあ許せた。

 なんか、ニール・ヤングのワン&オンリーのギターが酔いに拍車をかけ、そんなときは何かが肥大化し何かが矮小化するでしょ。何が・とはよう言わんが、嵐のような感情のるつぼに呑み込まれてしまって、気がついたら電気つけたままベッドにぶったおれてた。反対向いて。

 そういうの隠しカメラなんかで撮られてると、かんなりハヅい・ということになるのだけど、言葉では限界もあるし、もっともほんとのことなんて言うつもりもなく、だから一応「社会人」でいれるわけなのね。

 思い通りにならないねえ・世の中は。ならない度はどんどん高まっていくなあ。

 自由の身になるにはあと10日ほど。その間にもいろいろある。ちょっと心配もしている。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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