2008年08月08日

水素イオンを求めて

 酸っぱいものをカラダが求めてる。毎食・酸味が欲しい。もうポン酢とかチョクで飲みたいぐらい。

 これは健康なのか不健康なのか・よくわからない。ただ病気の気配はないからこのままでよしとする。ゆうべは久しぶりにワインをカラダが求めていてスーパーにヤリイカが売ってたから冷蔵庫の残り野菜を全投入してチャンポッタを作る。パンをY部にパシリに行かせたが、売り切れだったからペンネを茹でて一緒に食べた。白はあっという間に空き、赤を半分ほど。以前は毎日こんなんだったからね。今年のおれのワイン消費量は前年同期比マイナス60%の年間200本ペースである。芋を飲むことが増えたけどね。

 そして今年の夏はカレーもカラダが求めている。先週はキーマ、その前はグリーンと毎週末カレーだ。玄米で食べる。カレーには玄米よ。普段も玄米だが。夏野菜はカレーにもグーである。そもそもカレー自体どうやっても旨い。鶏も表面をしっかり焼いてそれから煮込むと喰える。偏食もついでに矯正であった。変だと思うのだが、今回バジルもだいぶ成長した。ミントも育ててみようかな・と発想は大胆に展開する。そうすると家でモヒートも飲める。ただ、カイピリーニャはやはりトドムンドで飲もう。あれは値打ちである。ブラジル本国の甘すぎるカイピリーニャではなくもっと「洗練」の入ったカイピリーニャである。ただライムをキトウを持つすりこぎ状のアレで「くぬやろくぬやろ」と気合い込めて潰せ・と指導しているので、その気合いが旨いカイピリーニャを作ります。

 さて今日から北京五輪。メディアとバカタレントがこれから2週間ほどはしゃぎまくるのか・と思えばうんざりする。ただ基本的に普段あまり見ることの出来ない競技は少し愉しみにしている。あと単純な「かけっこ」は好きである。速く・高く・遠くに・などというアホでもそのすごさがわかるもの・好きである。走り高跳びなんていいね。あと、野口みずきも愉しみにしている。結構アンタもミーハーやん・と思った?

 ただ・ね、あの野口さんという方はちょっとヤバいですよ。

 自分の極限に関して切ないまでに貪欲な方で、なんていうんだろう、たまたまマラソンランナーだからそれが注目され、結果も出、めでたしなのだが、ものすごい「過剰」を言葉の端々に感じさせてくれる方なのね。「足が潰れるまで走りたい」とはよく彼女が言うフレーズなのであるが、自分の極限での快感に関して「もっと・もっと」なヒトだと思う。破滅的に過剰なAV女優とかが90年代にはよくいて、十数人の男優のペニス全部入れて、それでオトコたち終わってもまだ終わんない。もうそのへんにあるもの全部入れて・野菜も器具もギターのネックもマイクもボールもウデもアタマもー・・・・・とかいう過剰さに近い精神性を持った方だと思うわけ・野口さんて。まあオリンピックチャンピォンを超破滅型AVのヒトに比べるのも如何か・とやや憚られるが、その過剰さにおいてはすごく近い方であるという確信を勝手に持っちゃってます。しょうがないぢゃん・持っちゃったものはさ。

 まあ、変なニックネームとか勝手に付けずにやって欲しいね・メディアの方々ね。日本語わからんやろ・みたいな・ヤリ逃げ感覚じゃなくね・でも中国人は漢字なら理解できるから気をつけてね。

 コドモの頃はそのオリンピックの4年周期を考えて、「ほー・とすると次の・・五輪の時おれは・・才かー」なんてよく思ったがその4年周期はW杯もEUROもそうだからそんな役割を今は五輪は果たさない。ものすごい・ついでのモノになっているが、途上国が五輪を開催するということの意味と弊害も1964年を経験すると分かってくる。日本だって当時は「途上国」。その時の「高揚感」とそのときには見えない「亡くしたもの」をほんとは天秤にかけなきゃいかんはずなのだけど、亡くしたものってさっきまであったものだから、そっち方面・目が届かない。そんなこと言うことが国家行事に水を差すということでもあるし。しかし、そこで亡くしたもの・は二度と戻ってくることはないのだ。御愁傷様。

 1972のミュンヘンでのテロは凄まじかった。今回は「テロリストたちのアナウンスメント・テロ予告」があるという初めてのタイプの五輪である。さて、どうなるか。テロリストたちが上記のような意図を持っていて、それが自らと国内の人々の将来にとって不利益になるという意思を持つとするなら「造反有理」かもしれない・と少し思う。もし・持っているなら。何事も起こらないことを願う。

 そして63年前の明日、今度はナガサキの日だ。そしてソ連軍が満州に攻め入った日でもある。前にも書いたが、ナガサキはクリスチャンが多い。主にカトリックだが。B29はクリスチャンに向けて「新型爆弾」を投下したわけだ。アメリカ人はプロテスタントが多いと思うが、「それってどういうことよ!」だ。それって、分かりやすい「共通項」ではないのか。共有するなにかがわかっていたら、人は人に対してそんなに残酷にはなれないはずだけど。戦争自体が狂っている・という証拠である。

 ひとつ・おれはどうしても疑問があるのだけど、被爆者に対する補償は「日本政府」がしていると思う。なぜ、アメリカにその補償要求をしないのか・ということだ。戦争の経緯を考えるなら50:50でもいいじゃないか・と思う。日本政府が補償している同額をアメリカ政府もする・ということに何故ならないのだろうか。そうすれば、当時日本在住だった外国人に対する補償もできるじゃないか・と思う。こと原爆に関するなら、被害者はヒロシマ・ナガサキの人々で加害者はアメリカ・日本政府だと思うからだ。原爆を投下していただいて、終戦していただいて、良かった・という公式見解でもあるのだろうか。割り切れない。歴史的に見ても、核投下という愚挙・暴挙を犯したのはその2日間だけであって、その主体はアメリカなのだ。そこはものすごく反省し、償うべきだと思うんだけど、アナタどう思いますか?

 ヒロシマの小学生のスピーチは感動的だった。この8/6〜8/9というのは「世界反核DAYS」にしたらどうなのだろう。日本が音頭取って。最近「浦上天主堂」がよくTVに映る。あの教会の美しさは数万人の犠牲という悲劇が逆説的によりその美しさを輝かせる・という類いのものかもしらんなあ・と思う。おれもナガサキにそのルーツがあるわけじゃないからなかなか昔はピンと来なかったのであったが、この灼熱とも言える最近の容赦ない暑さと、そしてまた別の悲劇の予感は63年前ともうひとつ意識的に距離を詰めさせる・そんな気にさせる。



 
posted by 浪速のCAETANO at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック