2009年01月20日

笑っちゃいかんが・・そして熊野

「ひゃあ・もう・なに・・・?なに・・?」

 昨日の深夜の自宅マンション一階での出来事だった。

 みなさん、ゴミってどんな放り方しますか? おれはなるべく手首のスナップ利かせて、それはもうすでにゴミの山が出来てる時に限るのだけど、昨日の場合は深夜2時、時間的にゴミもっこり・な時間帯であるし、そんな場合はゴミ置き場に人の気配があれば別だが、そうでなけりゃボーリングのフックの要領でちょうどゴミもっこりの中心に着地するように、ストレート・あるいは山なりの「投球」をすることにしているのだけど、その場合はゴミの山なんて見たくもないし、深夜にゴミを捨てにいくこと自体がもうそれはひとつのノリを作んないとイケない話で、玄関を開けた時からタタタターと駆け足で、しかもそんな時間であるし、うちの集合住宅も老齢化は確実に進み、みなさんかなりの早寝・なわけであって、ほとんどそんな時に人に遭遇したこともなく、そういった経験上、誰にも会わず、ゴミ捨てが遂行されるという経験上・かなりの確信を持ってエレヴェーター・または階段を使って一階まで行くのだが、その際も「ノリ」が継続するわけであって、タータタータタータタータ・「ター」という感じで、手首だけで顔はゴミ置き場に入れることなく放って、ゴミ捨ての儀は終了し、階段を一段飛ばしで駆け上り、玄関を開け「終了」となるのだった。

 昨夜も、ノリはあって、というかノリノリであって、気持ちよくその「儀」は終了するはずだった。

 で、手首のスナップを、ほらノリノリだから、いつもよりきっつく利かして、ものすごいいい投球をした0.01秒後にその声が聞こえたわけ。

 「ひー・もう・あー・きゃあ」と。

 おばちゃんが中にいた。おれの会心の投球がスピンしながらおばちゃんの顔面を直撃したみたいで、おれも見えてなかったからびっくらこいて、事の次第を確認し、ただひたすら謝った。人がいるなんてさ。

 「もう・○×○×●×・・・・て思うけどっ!!!」
と、捨て台詞を残して、階段を駆け上がっていったおばちゃん・ごめんなさい。

 しかし、ほんと、ごめんなさいなのだが、もうおれ、おかしくっておかしくって、いや・いかんと思うのよ。思うんだけど、笑けて笑けて、いや・ほんと反省してるのよ。反省してんだけど、部屋戻ってからも、ずーっと笑い続けてた。いや・ほんまいかんと思っとるんですよ。でもね・・・。止まんなかったの。

 葬式とかで坊さんのお経の抑揚とかにハマって笑いこらえんのが大変な時ってあるでしょう。そんな感じ。

 しかし「カタいもんが」入ってなくてほんと良かった。柔らかい「生ゴミ」系のゴミでした。え・それもどーなのよ・って?

 いや・反省してますって。
 
 平穏な市民生活にも「落とし穴」いっぱいあるね。

 いや・ほんとに反省してますって。

 本日もまだあたたかい。少しハートにヴァイタミンが要るなと思い、今夜はバラク・オバマの就任式もあるが、熊野のことを考えてみる。

 もう20年ほど行っている。熊野に行き出してから海外旅行に行っていない。だからパスポートは切れている。

 先日おれが最も好きな路・R168を奈良県五條から和歌山県新宮まで実はなんと路線バスが走っていて、それを延々映す、そして途中下車しながら地元のヒトビトとカルく触れ合う・なんて番組がBSでやってて、そんなことをクルマ使ってできないかなあ・などカメラの瀧村くんとハナシしていたから、おっ・と思ったわけだった。

 おれがアルファでぶっ飛ばしても2時間ほどかかる。だからバスだと4時間5時間かかる路なのだが、紀伊山地を縦断しながらえっちらおっちら走り続けるバスの旅もよかろうね・と思ったものだった。

 まあ和歌山というか熊野はどう転んでも行くのに時間がかかる。オーシャンアローだっけ、あれでも4・5時間かかったはずだ。もっとも楽な路は阪和からR42を朝来までいきそこから中辺路というルートだが、阪和降りてから白浜の辺り、アホほど渋滞していて、興ざめである。それなら、路は崩壊するかも知らんが、R168の「オトコの山越え」を選びたいわけである。

 R168はフィアット・パンダでもシトロエンBXでもルノー・トゥインゴでもランチア・プリズマ・インテグラーレでもプジョー309GTiでもアルファ75V6でもサーブ900ターボ・コンヴァーチブルでももちろん今のアルファ155・ツインスパークでも走ったが、一番合ってるなと思ったのはプジョー309GTiだったかな。もちろんどのクルマだってそれなりのFUN TO DRIVEではあったのだ。プジョーのあの前足がびたっと決まったややアンダーなステアリングで力ずくでコーナーをひとつずつやっつけていく感じ、たまらない。五条までがまあまあ渋滞して、しかしそのあとはほとんどクルマはいず、星の里まで上りが続き、そして風屋ダムが見えてきたら、そこからは右に信じられないVERDEな熊野川の水を見ながらきっついコーナーをクリアしていく。谷瀬の吊り橋を越え、十津川温泉を通過して、しばらくすると今度は左に熊野川である。その頃には路は下りとなり、ここは小ちゃなクルマがいいのね。しばらく行くと一の滝、そして大斎原の元熊野本宮大社(当時は大鳥居はまだなかった)が見え、現在の熊野本宮大社へと到着する。

 R168は今だいぶ良くはなってはいるが、まだまだ一車線の箇所も多く、ご存知のように崩壊がカメラで捉えられたあの崩壊部分はいまだに工事中で旧168で迂回しないといけない。

 まあ・なんか大変なのだ。行って帰るのが。

 しかし、行っただけのことはある。すばらしい温泉とおいしい食べ物、そして何よりも熊野大権現である。

 おれは伊勢神宮が嫌いで・というか体質に合わず、なんでかなあ・と思っていた。熊野は全然大丈夫なのにな・と思っていた。であるときふと気づいたのだが奉られている「カミ」によるのだな・とわかった。

 伊勢は天皇の祖先・天照大神である。これが「合わん」

 熊野は家都美御子大神=素戔嗚大神(スサノオ)である。ナガスネヒコではないのか・とも言われている。

 征服者と非征服者と言ってもいいかと思う。もっとも本宮には天照大神も第四殿におわしますがね。家都美御子大神の本地佛は阿弥陀如来である。神仏習合である。これこそ日本人の智慧。

 だからなのだ・と勝手に思っている。おれは伊勢に行くと体調が悪くなる。伊勢神宮に行くと・ということね。

 本宮からまたまたR168を南下する。この路がまた気持ちいい。ここまでくると、熊野川は水平に流れ、素晴らしいシャッター・ポイントも数多く存在する。20分ほどのぶっ飛ばし後新宮へ着く。中上さんの故郷だ。

 神倉神社・そして熊野新宮がある。おれは一度でいいから2/6の「火祭り」を見てみたいのだが、毎年私立校入試の前日か前々日なのだ。毎年がっくり・なのだが、いつかそのうち・と思っている。

 新宮はその名とは矛盾し、実は熊野三山のなかではもっとも歴史の旧い神社である。最初はおれもわかんなかった。本宮があまりにすばらしいロケーションにあったからなのだけど。そして那智もそのご神体である巨大お○んことも言えるあの大滝の存在がまたイムパクトが強くて、なんとなく一番ジミぢゃん・なんて思っとったのだが、そうはイカのきんたま・速玉(新宮)から熊野の神社は始まったのだ。もっとほんとのことを言うと(言えよ!!)新宮にある神倉神社がその縁起の始まりなのだ。つまり街としての新宮から始まったというわけね。中上さんの墓もこの街のはずれにある。なんだか「殴られそうな」墓である。

 そこから勝浦方面へとR42をまた飛ばすわけだけど、左に今度は熊野灘を見ながら飛ばすわけだけど、勝浦のちょっと前、佐野という土地が有り、そこが神武東征の時の上陸地と言われている。古事記によると、「毒」にやられてみんな気絶・と言われている。ナガスネヒコへのリヴェンジを神武が果たすのだが、そこではナガスネヒコの弟の裏切りがあった。

 しかし、昔の日本というか日本はまだないが、当時は「だまし討ち」があったり前田のクラッカーなのであって、全然そういうとこカミたちはココロイタまないのね。倫理などはなかったみたい。マキャベリズムの極み・みたいなことでした。

 そこから那智へと上るのだが、曲がったすぐのところに補陀洛山寺がある。補陀洛渡海の補陀洛山寺だ。西方浄土を目指し、何人もの僧がわずかな食糧と水を持ち、そこから海へと帰らぬ旅に出た。その補陀洛山寺からずーっと上っていくと、途中で巨大お○んこが「ちら」「ちら」と見えてくる。

 おれはいつも思うのだけど、やっぱみんな同じようなこと思ってたんだね・と思う。中上さんも、三島由紀夫だって、そんなこと書いてた。クルマを停めて滝壺まで行くとちいちゃな細かい飛沫に全身が覆われ、オゾンやらマイナスイオンやらが充満しているのがわかる。那智大社へも上って、青岸渡寺から眺める巨大お○んこがまたまた素晴らしい。

 那智大社から少し上ると、一遍上人が熊野大権現に出会った「大門坂」もある。那智の滝はその上の二の滝も素晴らしい。しかし、その水量のものすごさは熊野の森のものすごさのほんの末端の表現なのである。

 熊野は食べ物もおいしい。酒も太平洋・がある。なんといってもサカナが旨い。カツオ・マグロはとれとれである。勝浦がいいかな。馴染みの寿司屋が2軒ある。いつもどっちかしかいけず、行かなかったほうに「ごめんちゃい」するのだが、どっちもそれなりにすばらしい。

 お湯は湯川を推す。日本最高の「お湯」である。おれはぬる目が好きだからってのもあるが。湯川から山の方に入っていったところに秘湯もある。湯川駅から臨む海水浴場と入り込んだ湾の対岸に見える太地の街の風景を見ると、若かりし日々の想い出が甦り、おれは泣いてしまう。

 その太地町もいい。くじら博物館で今度はホンモノのクジラの巨大チン○&お○んこに自信なくすのもいいが、そこから山にのぼって梶取崎と燈明崎という岬から太平洋を臨める。一般に穏やかな熊野灘だが、ここから見る海は「オトコの海」である。岩場が多いからだ。

 R42を戻って串本まで行くのもいい。串本からは今では橋が架かってしまったが、昔はほんの5分間フェリーというのがあり、「ここは串本むかいは大島、仲を取り持つ連絡船」という歌でもわかるかと思うが、近いんだけど船で・というなかなかに旅情をかき立てるものがあった。

 大島にも馴染みの民宿がある。戻って橋杭岩に驚いたり、花の磐でイザナミのお○んこの熱さに想像を膨らませてみたり、そこから大阪方面へ向かい、龍神に抜けて、別の種類の温泉につかり、至上最高の露天風呂でたばこを吸い、そこから至上最高の高野龍神スカイラインをほんとにぶっ飛ばし、高野山の奥の院で空海に会い、宿坊で一泊し、朝のお勤めをして精進料理を食べて帰って来れたらよいですなあ。



 


 
posted by 浪速のCAETANO at 15:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 熊野大権現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

初コメさせていただきます。

高速渋滞中なので、PC覗いてます。

また、夜にでも、時間があるときゆっくり、

寄らせていただきます。

宜しくお願いします。
それでは、失礼します。
Posted by SLOWLIFE at 2009年01月21日 15:36
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