2009年03月01日

らしい・夜

 MARCH HAS COME.

 SPRING HAS COME. と言えんところが辛いところだ。ただ、朝方中津から帰ってきて
2時間ほど寝て起きて、ヴェランダにでたら、あったかかったですねえ。気がユルみかけた。なんかいろんなことがどーでもよくなりかけた。アブないとこでした。

 あたたかさは人の緊張をほぐす。北風には負けなかった旅人が太陽のあたたかさにコートを脱ぐ気持ちもわかる・というものだ。

 冬〜春の季節の変化ほどドラマチックなものはない。やっぱりこの季節が一番好きである。そして「感情」ももっとも騒ぐ。感情の表面が「粘膜」となる。ちょっと触っただけで、イヤン・となる。困ったものなのだ。

 昨夜のTodo O Mundo、やはりアホが集合するとおもしろい。アホがアホでいられる場、まあアホの種別はなかなかデリケートなバリケードではあるが、そこは阿吽のアホたちである。店は半分以上「お客」によって完成へと向かう。

 曾根崎の記憶が日々、ある特定の場所へとしまわれていくのを感じている。寂しさのようなものが薄れていきつつある。現実への「適応」とでもいうべき何かなのだが。

 昨日も言っていた事なのだが、現在のトドムンドのある場所は「キタの辺境・中津マージナルヴィル」である。ではどこが中心なのかというなら、やっぱりそれは梅田。梅田は拡大していて、例えば梅田芸術劇場・大淀方面で言うならスカイビル、そんなランドマークからおれたちのいるところまでは実際に歩くとほんの少しの距離である。しかし、意識の距離というのは少し違って、その梅田文化圏のはずれにある中津は、またまたそこが「エアポケット」のような場所である。店の周りを夜に歩けば、高層ビルが手の届く気がするところに見える。おれたちのエリアは、その眩い明かりと関連がありそでうっふん・なさそでうっふん・なのだが、おれはそう言う状況を楽しめるようになった。街の記憶がリニューアルされた風景を眺めながら、中津界隈のリアリティは何か・取り残されたような一種のサミシさもあり、そこに哀愁もあり、その感情はおれは嫌いじゃない。よく似てるなと思うのは一周回って、やっぱりデッドエンドストリートなのだ。その取り残された感は貴重なリアリティでもあったりする。

 街全体が「隠れ家」である・とは最近頻出フレーズだけど、おれの実感でもある。デッドエンドストリートに勝るとも劣らぬ「アジール感」であることはちょっと言っておきたいな。

 どこか他の世界に通じるような感覚。それは新トドムンドにもあるのね。ワームホール感と言い替えてもいいか・と思う。奥の「謎感」がそそっているかな。

 ワインを開けて、「これ旨いから飲んでみて」みたいなことでお客同士で分けっこしたり、昨日はミルクマンが来てくれてたから、ミルクマンが映画の「パパは何でも知っている」になって、みなさんの質問に答えてる様子なんて、すごくいいムードであった。これぞ・トドムンド。

 まあ、毎日そんなことにはなってないが、通りを通るみなさんが、「突然」出現したトドムンドの、まあイヌ・ネコでいうなら「コーモン嗅いでる」時期で、しかしながら、外に置いてる名刺も少しずつ減り、まあぼちぼちでないと物事は進まんのだけれど、それでもSLOW BUT STEADYで何かは亀の歩みで進んではいる。もうバブルは要らないから、みんなが無理なく続けれる環境にならないかなあ・と思う次第。

 そうそう、S井くんが曾根崎の旧トドムンドに新トドムンドの移転のお知らせを貼ってくれているはずであった。そうやって協力してくれるヒトがいるなんてのが、泣かせるのである。

 形・場所・そんなものは変わるのは当たり前だが、底を流れる、まあこれは関わる人間の性格・性質に由来するそれぞれのグルーヴ感はそう簡単には変わらない。

 本日は日曜定休ですが、月も替わって、人の気持ちも変わって、ということは次のフェイズがそこの角で待っているかもしれない。
posted by 浪速のCAETANO at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | TODO O MUNDO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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