2006年01月11日

何かが終わったけど何かがまた始まった

 いろんなことを同時にやってると落ち着く。「腰を据えて」ってのが出来ん体質なのね、きっと。

 今日やっと早起きの刑から解放された。そのかわり銀行まわりの刑が待っていた。新しく買ったプジョーの代わりのホイールの径の小さなチャリでたらたら銀行まわりの刑をこなす。クロスバイクとは違って体重がやや後ろにかかる、いたってヤル気のでないチャリである。ちんたらムードが漂う。ひょーひょーなんていう表現が似合う。

 晩メシの買い物をして帰ってきたら、電話があった。しまった、また忘れてた。すばしっこいでぶだった。しょうがないから高校生の時間に来てもらうことにした。

 基本的に「アホ」(おべんきょうができるできないとはちーと違って)が多いのだが、それはちびから浪人生まで同様である。今二人浪人がいるのだが、そいつらのアタマん中は「おまんこだらけ」である。こないだも潮吹かせ用の指は人差し指と中指か、中指とお姉さん指かでもめとった。で、こっちにフられるわけだけど。潮吹かせなんて通常のセックスでするかよ。かと、思えばひとりのやつなんてこの冬休みの間4回フーゾク行ったらしく、もーぎんぎんである。

 まあそのよーな、高尚から低俗までのさまざまな質問に瞬時に応えながら塾やっとるわけでしたけど、やつらは予備校にも行ってて、やっぱりその中でもおもんない先生のことなどぼろくそに言ってる。ただ、お勉強できるだけじゃ昔からそうだけどもう完全に通用しないね。

 現実に理想を合わせていくなんてのが最近の世の風潮のメインストリームだけど、それは「身もフタもない」と同義であって、そんなことに過剰反応しているオトナの影響をモロにかぶってるのが子供たちである。現実に負けずかっこいいオトナになって欲しいとは思うが、現実は乗り越えない限り自分のクビを真綿でじわじわ絞めにかかってくる。ムヅカしい。ムヅカしいがそこに生きる意味があるんだけどね。安易なもの・そして自己責任この相反する二つのベクトルをどうクリアしていくのかってそれこそ一大事だからね。ただ、うちの塾に来るなんてのはまだまだ理想・のよーなものが少しは機能している兆候であるから、みんなのこと大事にはしてあげてるんだけどね。

 今週末はセンターである。
posted by 浪速のCAETANO at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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