2009年04月24日

はいはいクールダウンプリーズ

 まあ・騒ぎ過ぎ。事件が起こるのがもう嬉しくってしょうがないのね・みなさん。

 例えば、誰かが酔っぱらってキレて「そんなこと言うんだったら、脱ぐぞ!!!」と言っても、大して「効果」はない。昭和の「究極の宴会芸」止まりだ。

 小さな出来事であって、CMとか番組自粛の「損」を言うのであれば、公共の電波をそのようなもののために使う「無駄」も考えてはいかが。

 電波とメディアによって「アンプリファイ」されたものにしか反応出来ないなんて生物としての感覚がかなり鈍ってて、それは危機感を覚えるべき事なんだけどね。ほんとに、そのう・メディアから垂れ流される情報に「依存」して生きてて何が嬉しいのだろう。わからない。

 メディアは権力だし、それを受け入れることが村八分を避ける事とは「生活の知恵」か。画面に出ている人物は「すべてOK」なんだろうか。

 最近、地方でのロケでどんなクソタレントでもTVに出てるから・という理由で「うわー」なんて一応言われる。麻生くんの支持率10%台のときでさえ、街中での市民との対話の際、語りかけられるヒトビトは少なくとも嫌悪感をその顔には浮かべてはいなかった。編集・だろうか?

 そうではない・とフんでいる。

 知ってるひとがいいのだ。知ってて少しくらい面白い事言って、それでシムパシーを得ているのだ・と思う。TVに出ているヒトビトはわかりやすい「勝ち組」で、それに面と向かって反対の立場を取る事が「野暮」みたいな心象があったりするのではないかな。それに比べてカオ売れてない者に対するひどい仕打ちの数々。

 ある時期・TVは「真実を映し出す」とよく言われた。ある程度は本当だ。準備さえすれば「真実を演じる事は出来る」と思う。

 しかし、そんなことも「学習され得る」

 タレントから若い政治家まで学習済みの輩だらけであった。

 そんな時はおっちゃんがいい。かつてはそのような「精神的理論武装」は必要なかったような気もする。その代わりに人前に立つ人間はそれだけの「SOMETHING」があった。

 パンチョとドナルド・ダック・ダンを従えた「シナモン・ガール」

 グリーンデイルのツアーの時、30年目にして初めて生で聴いた。「シナモン・ガールとだったら生きていけるだろう」そんなオンナはなかなかオランダ人。
posted by 浪速のCAETANO at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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