2009年04月27日

漢検の背後に透けて見える

 そもそも卑しいからそんなことになる。

 漢字検定協会のことは、言っておきたい。なぜそんなに儲かっちゃったのか・というと漢字検定を受けるヒトビトが増えたからだ。

 こんな商売をしていて、にもかかわらず、興味なかったからものすごく疎かったのだけど、数年前から「漢検」受けるねん・というコドモたちが増えてきた。

 「何のために?」と思ってた。「英検」ならわからんでもないが・と思ってた。英検は各級が、つまり準2級なら高二程度・2級なら大学入試程度・というようにレヴェルとして対応していて、力試しというか自分のレヴェルの確認と言うか・まあ受験勉強の目安にはなってた。そして高校在学中に2級を取ってると公募推薦に役に立つ・という話だった。どの程度役に立つかは知らない。

 で、いきなり漢検なのだが、「漢字」を知ってるなんてことは「悪くない」が、そんなに盛り上がってるなんて思わなかった。でも考えるに英検を取るより、ずっと、特にオトナのヒトビトには馴染みもあり、気軽に受けれるな・そういえば・など思ったが、特にやっぱり関心はなかった。

 ベースには文科省の推奨があったのだろうね。国を挙げての「右カーヴ」とも関係しているかもしれない。クイズ番組もそんなことに対応してるし。「学校的なお勉強」が今もまだ流行り・でもある。そんな表層的に教養齧ってもブームが終わるとぜーんぶ忘れてしまうくせにぃ・と思っている。一問一答形式とは「それだけで終わるなら」もっとも愚かなお勉強である。

 世の中の一般としては、そんなに勉強ができなかった・と思っているヒトが大半であろうかと思われるから、何かの補償的行為という意味合いもあるのかもしれない。

 そんな流れの中の漢検・だったのだが、「ちょっとでも得を」「おいしい」なんて言葉にオノレの息子・娘の進学に関して常日頃反応する親たちはものすごい勢いでそれに飛びついたみたいだった。

 その背中を訳の分かった顔して後押しした教育関係者などもいたのだろう。そんな輩は次から次ぎに出てくるのだけどね。

 教育産業ってそんなパターンだらけであって、新自由主義的精神にどっぷり浸ってしまっている。しかし上位の子をより伸ばせば下位の子も引き揚げられるなんてことは「経済」がうまくいかなかったように、お勉強でも上手くいくはずがないのだ。みなさんものすごく利己的である事を強いられてるからなのだけど。しかし、最近、大手の塾・予備校でも下位の成績の子の月謝が結局は上位の成績の子たちのサーヴィスの根拠となっているなんてのは塾・予備校関係者の中では「暗黙の了解」である。それがわかっているのかいないのかおかーちゃんたちはそれでもやっぱり「権威」に弱い。残念ながら。

 システムでお勉強を教えるとそんなことになります。結局はヒトとヒトの2時間とかの関係だから、ヒトとヒトの間にシステムがあるなんてのは良くない。どう良くないか・なんてことを検証する以前に「良くない」のである。お勉強を伸ばす・なんて時に「科学的」なことを強調するのも良くない。それではオウムに騙されたヒトビトと同じことであったりする。

 コドモは一人一人、ちゃんと扱われることが必要なのであって、それは勉強が出来るできないとはまた別の価値観に依らなければイケない。そいつがいいヤツであるかどうか。今はいやなヤツかもしれないが、いいヤツにきっとなる・と信じて付き合えばいいヤツになるのである。不思議な事に。それはある意味、自分と他人との関係への気付きの視点を持つ事であって、そうなるとこれまた不思議にお勉強への理解も高まってくる。それをマニュアル化しなかったおれも悪いのだけれど、マニュアル化することへのためらいがあった。誤解・曲解が必ずあるからだ。もっとそれは根本的なところで「柔軟性」を必要とするものだったりする。

 おかーちゃんに「あんたんとこの息子・もつといいヤツになれば、志望校通りますよ」なんて、まったく説得力に欠ける。しかし、これは事実で、こうしか言いようがないのであった。

 多分またまた「早過ぎた」のだろう。今おれが言っている事をシステム化した塾がそのうちぽつぽつ出てくるんだから。いろんなヤツ(成績の善し悪しだけじゃなく、年齢も)がいるのが社会なのであって、そんな中でみんなでそれぞれ進歩する。教え合いもする。自分の有り余っているものを分ける。アンチ・グリーディーな精神もそこで養われる。

 教える側も自分の仕事を「報酬」に換算する癖をなくさないと。そのためには世間の目もそんなテイストから少し離れないとね。

 結局、「新自由主義的精神」をどこかでみなさん超えないと。とっても残念なのである。でもまだ終わったわけじゃないけど。

 早い時期からの競争は良くない。良くないのだが、それが必要悪であるなら、最終的な結論まで出さずに終わっとこうよ・と思う。ヒトの能力とはその開花に「時間差」もある。

 さて、「ハダカで何が悪い!!!」
 おれもそう思います。ヒトは服着て生まれてこないものね。
posted by 浪速のCAETANO at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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