2009年06月10日

今こそ読むべき

 しばらく離れていたらなんか勘狂っちゃう。

 最近、世の中とズレている・と思う。敢えてズレたい・のかもしれない。そんな傾向が出てきたのはいつ頃からか・と考えてみるなら、曾根崎の店を初めてしばらく経ってから・と一応の結論が出た。

 目の前のちっちゃな社会が問題山積な場合に周囲のおっきな社会の動向が二の次になることは能力にも体力にも限りのあるおれたちにはまあよくある話だろう。

 なんだかその頃から、先端についていくことがなんかなあ・になったみたい。ついて行く値打ち・に翳りをみたのかもしれない。ほんとのとこは忘れてしまったが、なんだかそこ・自分のターニング・ポイントだったみたい。そこから未来に対する興味・進歩に対する賞賛、そんなものがなくなってきたみたいである。そして、このザマであった。

 派手な生活・というのも20年ぐらいが限界なのかもしれないな・とは最近思うところだ。何をもって・派手・というかはヒトそれぞれか・とは思うが。

 レーベル・ラフレシアのコンセプトの中に過去に於いて忘れられてしまったものを拾い集める・なんてことがある。おれたちは基本・軽薄であるから、目の前のちゃらけた事象にすぐ反応してしまう。もうこれは癖(へき)と言えるほどのしょうがなさ・なのだけれど、そこで使われるエネルギーをどう使うか・ということに関してはもっと恣意性をもつべきだと思う。

 音楽で言うなら、新しいものにほとんど見るべきものがない・そんな事情もあったりする。そういう情況・を反映するものを評価するかどうかはその情況に自分がどんなコミットをし、どう受けとられているか、まあもっとぶっちゃければ、どのくらい受け・がいいか、にも関係してくる。

 受け・がよければ、まあ、やや保守的にもなろうか・ね。

 おれは1Q84をIQ84と思っていた。アイキュウ84の子の話か・村上さんがー・と思ってそれはそれで期待していた。

 まあそれではほとんどおれがIQ84・ではないかって話が一番のオチっぽいのであるけれど、それでもいいのだが、最初からほとぼりが冷めた後に読もうと決めていた。ちょうど引っ越しの最中でもあったから。

 それよりももっと重要な作家のことを読んだり考えたりしていたから。それは中上健次なのだけど。

 引っ越しの際に中上健次に関する本や資料が、いっぱい出てきてしまって、それに釘付けになってしまったのだった。

 他のメディアよりはやや遅いかもしれないが、文学も情況を確実に反映するものだ。村上さんの新作はそれはすばらしいものだと思う。多分それは予想を超えてすばらしいはずだと思う。でも今は読む気がしない。だからほとぼりが冷めてから読もう。

 90年代初頭に何かのアンケートで、心に残る作家ランキングなんてのがあって、一位が夏目漱石で四位ぐらいに赤川次郎(!)で村上春樹が七十何位で中上さんは100位にも入っていなかった。そんな時代あったよね。みんな無自覚に生きて読んでいたんだね。多分今なら第一位は文句無しに村上春樹だと思う。中上さんは多分50〜100位ぐらいのところか・と予想する。没後、読者は確実に増えてはいるだろう。

 移り変わりの激し過ぎる時代だし、例えば、高村薫なんてヒトの名前も多くの方が忘れてしまっていることだろう。一時期あんなに読まれていたにもかかわらず。

 現在は、大きな物語は特定の作家に収斂して行く時代だと思う。そして、もうその作家の後にはきっと誰もその重みに耐え得る作家は出てこないと思う。その最後の作家が村上さんなのだが、それはある偉大な作家の死によって取れた重しによる。その作家が中上健次だと思う。

 結果として、中上さんの分も村上さんの肩にのしかかってきている・という印象を持つ。こんなことを言うとバカかお前は・と言われそうだが。今もっともノーベル文学賞に近い作家と言われる村上さんだが、実はその称号は以前は中上さんに言われていたことでもある。そんなことから思うに、さきほどのバカの想像も当たってないとも限らない。

 もちろん、中上さんと村上さんの作品に優劣なんかつけられないと思うし、どちらも大好きなのだが、だから思うのだけど両方読んだらいいのではないか・と思う。村上さんの背後にはクソ音楽マーケティングで味を占めた業界のノウハウを持った有象無象がこびりつき、それはいささかも作品のダメージにはならないと思うが、そこ・にしか物語はない・というわけでもない。

 ただ中上さんと村上さんはどうしても交わらないから、だからこそ、双系性を持つ二人の大作家なのに、今の現状では単なる二重性でしかないと思うのだ。村上さんがでかくなるほど中上さんは小さくなるみたいな危惧を少し抱いてます。どちらもおれたちには必要・なんだって。


 村上さんと中上さんはたとえばこのような対比にも喩えられると思うのだ。ブラジル・ノルデスチを理解する上でのドリヴァルとルイズ・ゴンザーガというような。
  
posted by 浪速のCAETANO at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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