2009年06月18日

アバレるのは許可された場で

 P&GというかVICKSというか、短い5年間だけのサラリーマン時代は会社が阪急ファイヴの裏だった。

 その頃よく行っていた新梅田食堂街の鰻屋・菱竹さんに、ヨドバシカメラの帰りに久しぶりに行ったが、記憶がすぐに甦り、カウンターの中のおっちゃんら、そのままでちょうど20年分年を取ってそこにいらっしゃった。で、おれも注文は20年前と同じく、う巻き定食・ということとなる。

 店がかつてそこにあったまま、まだそこにある・ということは、すんばらしいことなのね・と思います。

 そう思ったのは、その前日、中津チームを乗っけて、食材を買いに曾根崎へいったときのことがふとアタマをよぎったから。

 新御堂側の測道・つまり、旧トドムンドへ行く露地の入り口に8vを停めて、A美シェフの買い物を待っているときだった。目の前5mのとこに、胡散臭そうなおっさんの集団がいて、なんとなく「曾根崎コア」っぽいよな・と思ってみたら、曾根崎コア・オールスターズだった。

 その中には、おれを見事に「ハメ」てくれました・荻野がいて、それにおれが気付いてサングラス越しにじーっと見つめていたら、荻野もこちらに気付いたらしく、目を逸らし、ちょっとの間駐車場になってて今は空き地の荒れ放題のトドムンドから見て東側の一画の入り口に移動しやがった。

 相手は5人、こちらは2人かー、と思って後部座席を見るなら、口開けて爆睡・のオトコが一人。こちらは1人かー・ということになり、昨夜の松竹芸人たちとの激飲からいまだ回復せずのヤツ無理やり起こしても戦闘要員としては役に立たんだろう・と思い、メンチのみ・にした。

 あの中の重要な話をしていそうなおっさんのなかに曾根崎コアの社長もいるはずだった。曾根崎の土地を転がして今この瞬間にも何億・とか儲けてるわけだった。こちらとしても「内容証明」出した相手だし、接触するときっと「熱く」なってしまいそうで、収拾つかなくなってもナンだしな・と思い、目ヂカラのみで対処する。やや・情けない。

 しかし、現実、そんなことしか出来ないのだ。敵も法律を熟知し、用意周到にボロ出さないようにやってるわけで、おれのような甘ちゃんではなかったりするわけで、いやもう本当に情けないわけだった。そして後ろを振り向くと、爆睡継続中。情けなさはピークに達し、ここに於いておれの戦闘意欲は完全に萎えてしまうのね。しょうがなくGOIN'BACK TO 中津ということになるわけだけど、そうなるとこの中津の長屋は愛おしく思えてくる。気持ちは複雑ではありますが。

 その晩、荻野を街中でシバいてる夢を見た。きっとそれの方が良かったのだろう・と今は思える。

 管理された世の中なのだ。


 殆どBRAVECOMBO目当てではない客を前にした、言わば「中津de祭り」情況でのBRAVECOMBO。おれもメゲずに頑張るよ、心の友CARL FINCHへ。

posted by 浪速のCAETANO at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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