2010年02月27日

うっとうしい・は愛の言葉

 ヒトはほんとややこしい。もう、ややこしいやつ満載で、めんどくさい人々というのが今・の感じかな、ほんとややこしい。

 そんな人たちの中心にいる(主観的にはそう見える)自分もこれまたややこしく、だから、話がこんがらがり、あっちにひっかかり、こっちで絡まり、そっちで変なカタチの結び目が出来、こっちの「こんがら男」がそっちのこんがら男と「こんがら兄弟」になり、ひとりまたこんがら女が参入して「こんがらトリオ」になり、またひとり難癖つけるヤツが混じって「こんがらカルテット」「こんがらクインテット」に「こんがらセクステット」に、ええい、もうそんなんやったらまとめて「こんがらバンド」でええやん。それもそうかい、そうやな、でもそうなると個体発生は系統発生を繰り返すかの如く、若干の離合集散を繰り返し、知らん間に、あららー「こんがらオーケストラ」の出来上がり・となる。超不協和音の団体である。

 自分のヴァルナラビリティが高まっているときによくこんな現象がこれまで起こっていた。ということは、今そんな状態なのだということが推測出来る。うーん、確かに。今・弱ってるからな。

 弱ってるときというのは、いろんなことを「ちょっと置いといてー」やってる。ところが、それを世間はユルしてくれない。容赦ない追及がそこにはあり、「それ・どーなん、どーよ・そこんとこ、どーなってんねん・いったい・え?」と「置いてる」ことを斟酌せずに責めてこられる。それぞれの事情があるのはわかっちゃいるが、こちらも事情があり、そんなもんやなー、オノレの事情がいちばん可愛いに決まってるやんけー・と言葉尻にナイフ・である。

 いやいや、公的・私的ともに充実とは縁遠いといかんですね。しかしね、これがまた、充実というのは降って湧かない。割とコツコツのシークエンスの最後半部分の果実でもあるわけで、そのコツコツが3速ぐらいまで行ってることがあるにはあるが、その静かなコツコツの場面を例えて言えば「酔っぱらいに土足で暴れられ」たら、「なにすんねん」となるのはフツーでしょう。

 まあしかしそのう、「聞きたくない・知りたくない」の南方師匠もお亡くなりになったわけで、そのような「情報を拒否」な態度ももはや山籠りでもしないことには実践不可能。

 まあ・みんなこの情報過多の時代の被害者たちとも言えるわけで、さまざまな局面で、欲望を喚起させられ、しかしそのゲットはしたかと思えば、するりと指の間からこぼれ、
そんなバビロンをともに生きる同時代人として、すべてのめんどくさヤローども「愛してるよー」。


 全員見た目バカヤローたち。
posted by 浪速のCAETANO at 20:53| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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