2010年04月20日

同根の確信

 縁あって、アジアからの留学生たちに数学を教えている。多分彼らは、たとえば日本人学生が行く大学がなく、以前聞いたこともないようなアメリカの大学が突然広告宣伝し始めた時期があったでしょ・10年ほど前だけど、そんな風なニュアンスで日本に来ているやつと説明を学校側からは受けた。

 しかし、留学生試験というのが11月ぐらいにあり、それに受かって、さらに日本の大学の入試に通れば晴れて「日本の大学生」なれる。ハードルは高いとも低いとも言え、個人差もあり、年齢も19〜36と幅広く、国籍も中国・韓国・台湾・ヴィエトナムとヴァラエティに富む。公用語は日本語で、ひょっとして英語が通じるかな・と思っていたが、まるで通じない。「オーライ」が通じなくてびっくりした。そのかわり「メイウォンティ」という語を習った。NO PROBLEMほどの意味だって。

 ある時、人数が減っていて「やや心配になって」学務長に尋ねると「ヴィザがおりなくて・・・」と気の毒そうに言っていた。母国へ帰ったんだって。笑えない話であった。5人の仲良しでやってきて、その中4人帰ったってヤツがいて、ダメージおっきかろうね・彼。

 で、見てて思うのは、みんな全員誰かに似てるのね。こんなことを改めて思うというのは自分の心の中にも何かしら「壁」がある/あった証拠なのだけれど、それが覆されるのは
みんなが誰か日本人であるかのような「カオ」である事実だ。近くて遠かった。でもこれからは近くになれる。それは少し嬉しい。

 全員一年から二年日本語学校に通ってきてるのだが日本語の習得はまちまちで、中国人がマジョリティなので、ちょっと油断すると「中国語の私語」の嵐・となるのだが、数式が媒体となっているからおれの場合はまだマシ・である。数学用語の各国語の翻訳というのを与えられ、「漢字」の東アジアにおけるユニヴァーサリティも実感する。

 そんな舌ったらずのコミュニケーションは楽しい。

 しかし、カオ・おんなじ。

 魏志東夷伝にある「倭」は半島南部にあり、倭人が倭国のことで、ではなぜ同じ字なのかというと、ひとつの同族文化圏だったから・という説があり、たとえそれが間違っていたとしても玄界灘を媒体に交通があったことは間違いなく、元は同根なのね。そんな確信を持つ。特に半島はそうなのだが、大陸のカオもやはり、いるいる・なのね。ヴィエトナムからのチャンくんでさえも、カオだけじゃなくそのデブ度といい、二年前にいた日本のデブと相似で「サカシター」と呼びたくなる。

 国籍やら国境のアホらしさを思う。同時にそれがアホらしいと思えるための教育の大切さもまた思う。日米同盟よりも東アジア共同体の方が「無理」がない。そんな気がする。

 今年は日韓併合100周年だったりする。見過ごしてしまったのだけど、安重根の話・エネーチケー(Q)だけど、再放送がそのうちあるだろう。見よう。なんとなくだが去年やっていた「日本と半島」シリーズの最終回からの流れを汲んでいる気がしてる。日清戦争からの近代史を齧っとかないと、安重根は単なるテロリストで終わる。まあテロリストはテロリストながら。ただアメリカ人の言うテロリストとは似ているようで異なっている・と思う。

 こないだの「大阪アースダイバー」においてもそうだったが経年による意識の変容は地形の変化同様、現在に生きる者の目を眩ます。周縁が一度シャッフルされたかのように見えてその周縁性がまた立ち上がってくる。それはなかなか興奮だったりする。上町台地の実感はチャリンコで天満橋から大坂城方面に南下してみるとよくわかる。当時の「岬」から見える夕陽を想像してみたりしている。今度の聖霊会で簫を聴きに四天王寺まで行こうと思っている。こないだちょっと吹かせてもらったらルックスを裏切る未来的な音が出る楽器で、テルミンやシンセのイメージを得た。楽しみだ。

 1Q84を一気読みするのがもったいなくて、風呂/トイレ用に古代関連の本を古本屋で見つけて読んでいたのだが、そっちに集中してしまった。風呂にあんなごっつい単行本もって入るのは「危険」極まりなくて、ちょうど良かった。


  周?美sings李美子
 
posted by 浪速のCAETANO at 12:27| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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