2006年03月15日

WBCよりはじめて

brave.jpg・・・なのにエラいヒト・その1

 WBC・メキシコ戦、思わず見ちゃったが、おもしろかった。プロの選手たちが、むちゃ殊勝にやってる姿はW杯的で、その真摯さが画面からも充分伝わってきた。こんなシーズン前の緊張はどこの国のヒトビトも初体験なはずだから、そんな時期での松坂の153km/hはそりゃ打てんわ。

 それにしてもキューバ・メキシコ・プエルトリコ・ドミニカってアメリカ国内のいわゆる「ヒスパニック」のヒトビトであり、マイノリティーだ。かれらがアメリカの出生率を上げるのに貢献しているわけだが、その才能の受け皿を用意できるところがアメリカの、まあ、エラいとこでもある。ヒスパニックのヒトビトはNBL、アフリカン・アメリカンはNBAとNFL、カナダ・ロシア・北欧のヒトビトはNHLとその棲み分けも見事だ。

 ヒスパニックのヒトビトの故郷は、どれもすんばらしい「LATIN MUSIC」を持つ国だけど、いかんせん、超エリートかアスリートかミュージシャンになる以外に夢も希望もない現実もある。そんな中アメリカというマーケットがあったことは幸運だったと言える。

 スペシャリストになる・ならなければいけない、という強制力の働く文化圏だ。アメリカだってそうだ。ただ、それを日本人もなんのためらいもなく影響を受けたりしてるとこ・ぼくは「?」だ。余裕がないとき、ヒトはアセる。アセって「もー、どっちかきめてーやー」など・言ってしまう。「うーん」と迷ってると、「おとこらしくない」まで言われたりする。「放っといて」などと思うが、評価が確定しちゃえば、もうアウトやん。

 話は飛ぶがヨーロッパの国々ではそんなことはないように思う。マッチョという概念は「アメリカン」だし、「カウボーイ」に由来し、それが逆にヨーロッパおよび全世界に広まった。それってけっこう「たーんじゅん」でブッシュの行動パターンそのまま。日本は真似しないでもいいはず。何故か? 日本にはアメリカにない歴史があるからだ。

 ヨーロッパのヒトビトは「逡巡」する。ヨーロッパといえばもっと歴史がある。アメリカがなんであんなに「単細胞」なのかというと、アメリカの歴史は近代からしかないからだ。中世・古代の歴史はない。中世・古代なんて、もーむちゃくちゃである。理不尽と不条理の嵐である。ヨーロッパはその理不尽と不条理の中からすんごい社会的・人的犠牲を払いながら「人権・資本主義・民主主義・自由・平等」なんていう概念を作り上げ、体現してきたわけだから、そのいいとこどりで国が始まったアメリカとは「苦労」が違うわけ。高度経済成長時の日本の産業のような後発のええとこどりで「有利な国づくり」をしてきたというわけ。だから、アメリカ人のプラグマティックさ(身も蓋もない超現実主義・と訳してる)の根拠はそこにある・とぼくは見てる。目に見えるものしか信じないというか感じれないアメリカ人。科学信仰である。たばこと肺がんとかの関係に見るようなファナティックな健康志向とか、わかりやすい。あとクジラの話とかね。なんかすべて合理/割り切れると思っているわけだね。

 ヨーロッパ(日本人もそうよ)のヒトビトは理不尽・不条理なんてことを「歴史的」に理解しているから、そう簡単には割り切れない。それは「逡巡」と理解されることも多い。でもね、こんだけヒトがわんさかいる世界で、利害も散乱している世界で、すぱっと割り切れることってあるのかね? ここに合理性の限界も見えてくる。

 日本ってどちらかと言えばヨーロッパにずうっと近いのよ。さらにものすごく独自である。アメリカ人の真似ばっかりせんでええんちゃうかなあ。
B0001D3KNK.01.THUMBZZZ.jpg・・なのにエラいヒト・その2

 アメリカ人の中でもそんな意味エラいBrave ComboやDavid Barneなんてヒトビトもいる。やっぱバカ音楽にはおされとるけどね。

 あすの韓国戦も見てしまいそうだ。
posted by 浪速のCAETANO at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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