2010年05月29日

遠足 かな

 よれよれのまま、出かけた。そして今、天理のホテルにいる。天理はうちの家族にとって大きな意味を持つ街だったりする。家族の何人かがこの街で生まれたことになっている。

 天理の街は、相変わらずの落ち着いた「宗教都市」である。天理教の詰め所がありとあらゆる所に存在し、「おかえりなさい」の文字がそのそれぞれの玄関にある。

 ゆうべは社民党、福島党首の罷免で大騒ぎだったね。まあ鳩山くんの変容はあのひとの資質の問題ではなく、これから30年後に「アメリカから」開示されるであろう「密約」の内容を待つしかないと思う。それが「これから」10年の間、世界のパラダイムの変化に対応するものということよりも、これまで数十年の世界情勢に対応してきた、という事実を選択せざるを得なかった、まだもすこし、「ひょっとしたら」があるかも知らんし、ということなのかな。

 ただ、民主党になってから、なんだか「そんな匂い」があちこちですることを周知の事実にしてるのは評価してもいいと思う。政治とは「意外に」身近な気もする、みたいなさ。

 「抑止力」が何を指すか、そこんとこはっきりさせないことには議論ができない。でもホントのことは言うわけにはいかない。だから情緒的な見解の応酬になる。なんだかすごいな、と思う。「国家」ってそんなに「アンタッチャブル」なのか、と。いや、国家じゃなくて「権力」かな。

 「アンタッチャブル」なんでしょうね。

 昨日は「飛鳥寺」でぼーっとしてたのだが、というか飛鳥大仏の前でぼーっとしてたのだけど、当時の「実は大王」とも言われる馬子が作らせた最初の仏教寺院と大仏の前で、金箔を施された大仏は「新しい神」のイコンだったろうな、と思うに充分だった。巳支の変では飛鳥寺側に中大兄と鎌足、向いの甘樫の丘に蘇我蝦夷が対峙して、その甘樫の丘は目と鼻の先だった。

 蘇我氏のポジションにスルリと滑り込み、その後実際の権力を乗っ取った藤原氏はその後、歴史を書き換え、いや「創り」その後400年にわたって、権力の座にあった。意識のレヴェルなら1300年であった。

 権力の持つ「業」のようなものを感じたりスル@明日香の一日。
posted by 浪速のCAETANO at 09:01| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック