2010年05月30日

かんけーないけど繋がって

 デニス・ホッパーがなくなった。最も好きな俳優だった。

 アメリカで好きなのはデニス・ホッパー。
 イタリアではマルチェロ。
 フランスではジャン・ポール。

 旧い・と今では言われるだろう。しかし、旧いも新しいもないのだ。さらに言うなら新しいことが価値だった時代はもうとっくの昔に「終わっている」。それがわかんなくって表面だけ見て「ふっるぅー」とか、言ってるやつは「さる」なのだ。森へ帰れ。

 もちろん始まりはEASY RIDERなのであるが、ごく簡単に言うなら彼はその60年代のカウンターカルチュアの精神を持ち続けた俳優=監督だった。ジェームス・ディーンを限りなく尊敬し、しっかりヤク中になって沈み続け、クリーンナップして甦ったと思えば、リンチの「ブルー・ヴェルヴェット」のあの怪演なんだから。「ブルー・ヴェルヴェット」はフェリーニやゴダールやアルトマンそしてキューブリックの映画ほどのランクの高みにある、おれにとっては。

 リンチもエラいが、あのデニス・ホッパーの代わりは誰も出来ない。あの「狂気に激しく切なさの混じる」演技は彼だけのもので、その心象風景は「他人事」とは思えず、1950年代までに生まれた人間ならば、誰もが何かしら感じる、何かに敗北することから狂気が
内に籠り、変態は抑圧の産物であり証拠である・なんて複雑さをあのまなざしだけでも表現出来たヒトだった。個性派俳優などと言われているが、バカ言うんじゃないの、彼こそは「真の正統派の俳優」だからね。正統派の俳優がいなくなっちゃっただけの話なのね。

 ちょっとシブいがそれ以外の忘れられない彼の出演作、ヴェンダースのアメリカの友人でのブルーノ・ガンツとの絡み。あと痛快極まりないアメリカン・ウェイ。今ふっとアタマに浮かぶ。

 ありがとう、デニス・ホッパー。Hope that he walks close with God.


 そして、アメリカ盲従政権から別のアメリカ盲従政権に替わっただけだった・ということがもうはっきりしてしまったかな。残念ながら。第三極が必要ということだね。いろんな考え方があったはずなのに、冷戦後、考えのフィールドが狭まり窮屈だった。社会主義とか大上段に振りかぶらなくとも、この新自由主義の世での「より平等な」「より公平な」という形容を掲げることがなんとなく憚られる・そんな空気が蔓延していたけど、誰かが誰かよりセコく得することがすべて・ということに対するアンチが政党の中にあってもいいし、それはもっとチカラを持つべきだと思う。メディアも含め、敵はものすごく多く、またおれたちも「得」なんてことに敏感過ぎるからなんだけど、しかし、自民党と民主党しかない選択肢ではいかん。

 普天間の基地問題ではいろんなことが表面に出て来た。みんなが知らなかったこと、知らなくてもよかったことが表面化し、自分の身の回りの「生活」のことしか考えてなかったヒトたちもその視線がやや社会的になったと思う。

 よく竹中平蔵なんかがTVで言う「それじゃ社会主義になれってことですかー」なんて発言は、目くらまし効果・大なのであって、それはみんなを「カネがなかったら何にも出来ない・不幸になる」というフィールドに留めておくことが、「彼ら」にメリットがある・ことの裏返しだから。

 資本主義社会の中で、あるいはアメリカの軍事の傘の下で、ある方向ばかり向かされてることへの「不審感」が芽生えたはずなのね。ながーい「集団催眠」にかけられてた・そんな気がする。約20年間もの間。物心ついたときから催眠状態にいた・なんて30代・20代もいる。

 今はカネがなくては「自由」さえ手に入りづらい世の中だったりする。それが「自由主義」陣営の結果とも言えるわけで、デニス・ホッパーやニール・ヤングが「描き・求めていた自由」をもう一度「特定」してみないといけないと思う。



 あそこではないけど(あえてね)

 
posted by 浪速のCAETANO at 18:36| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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