2006年06月06日

今ひとつ盛り上がらんが・よりはじめて

 W杯の気持ちの盛り上がりが今イチなのだが、それは理由はわかってるのだが、自分の身にそれよりエキサイティングな事柄があるからであって、それは「現場」の楽しさ=リアリティということであって、物事の価値はおっさんにならないとピンポイントではわかんないんだなあ・と実感する。

 それは中・高の学生だった頃に、知ってる女のコを写真で選べる風俗店みたいにアタマの中で並べ、このコもいいがこのコもいいな・このコと街を歩くのは誇らしい・しっかしこのコ、なんてチョクに下半身に訴求するんだろう、うれしい!!など、実体のないそわそわ感にウカレポンチな情況とは違って、必然的にプライオリティーが付いてくる。活動量の低下だけが原因ではなくって、「何が大事か」というこれまた実は簡単だが、そわそわくんの時にはもひとつわかんないことがわかってくる。

 それは、とても豊かな世界なわけ。緊張感を伴う豊かな世界。生身の人間が一番値打ちがある・ということなのだ。「狭い意味の経済」はそれに相対する概念である。「商売」でいいところを経済なんて言葉をアホのくせに使ったりするから実体が本人からどんどん乖離していく。商品とお金の交換は「美しい関係」になり得る可能性があるのにね。

 自分には「お金でお金を儲ける」なんていう才能はなかったが、M上くんは世代的に近いから、お金さえあればイッツOKと思う気持ちが実はわかる。そんな精神のベースは少年時代に形成されたと思うのだが、日本も昭和30〜40年代初め東京オリンピックまではまだ東南アジアの国ほどに貧しく、そこでおれたちは勘違いをしちゃったのであるが、何を勘違いしちゃったかと言うと、それはお金さえあればいいのだ・と思ってしまったことなのだ。で、ここが重要ポイントなのだが、なんでまた、そんなことを思えたか・ということなのだけど、それは「お金以外のすべて」はそこにあったからなのだった。さらにその「そこにあったお金以外のすべてのもの」はそう簡単になくなりはしないように思えたのだった。

 誤算とはまさにこのことであって、気がつけばもうなし崩し的に社会はがたがたになっとるわけなのだけど、実は「近代化のマネージメント」とは、かくも微妙で難しいものなのだった。後の祭り。中国なんて「地獄的」にひどいことになると思う。

 「生身・等身大にもう一度戻る」そんな考えが支配的な本日だ。どうせ幻想を生むのであるなら、自分が「ちゃんと」できることから始めないと・ね。言葉で吹いてもいずれバレるからね。

 トトムンドの3階。最近風が気持ちいい季節なんだけど、どうかんがえてもアレ妖しい。形容するならば「中国マフィア・蛇頭」が秘密の悪事の相談をするような部屋。イタリア・マフィアとかじゃないのよ。そんなゴージャスはお金のある会社のお店に行っていただくとして。そもそもそんな場に合うゴージャスな人間そうそうおらんし。ヤバい相談がどんどんはかどるトポスである・といえます。ヤバい相談事いっといて。

<<梅雨だからこそ・のスパークリング>>por TODO O MUNDO
img10432067423.jpegセッラ・エ・モスカ・アリアンテ・フリッツァンテ F4800
サルディニャ島からやってきた。これはものすごく冷やして飲んでみたらいいと思う。サルディニャのエメラルド海岸はダイアナも好きでよく訪れていました。ということは、土地のスプマンテだからきっと飲んでるよ・これ。やや緑がかった麦わら色で期待にたがわずミルキーな泡がとろとろのフルーツ味を乗せてアナタの味蕾を愛撫することでしょう。そこのアナタ・濡れちゃったらごめんね。 

image017-s.jpg「パベル・ネドヴェド」


 

 
posted by 浪速のCAETANO at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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