2006年06月07日

そろそろ・よりはじめて

 そろそろ気を入れないと。なんのことかというと「一座公演」なのだった。

 「すべてがある」な〜んてややイキっているのだけれど、まあええやん、ほっとけよ。

 100年聴かれ続ける「うた」を作りたい。刹那的に音楽をやってるヒトでないヒトならそんなことをふと思ったりするのではないだろうか。これは、優れたうたがいくつもあるとするなら(あるのだろう)作る側の手を離れてからのその歌の運命なんだけど。

 作る側は、そんなことを「夢」見ながら、あるいはそんなことなど忘れて作ってるのだけど、聴く側のレヴェルとPOPのレヴェルはほぼイコールではあるが、それはなかなか絶望的なお話になるかもしれないのだが、しかし自分がかつて「覚醒」したその瞬間を忘れずに、その感動の再現をもうそれこそ何度でも、これがまた飽きもせずやるわけなんだけど、その時間とコストの、一見無駄とも見える費やされたものは単なるアウトプットへの過程というだけではなく、その本人にいろんな体験をさせてくれるものなのだ。いろんなところへ連れてってくれるし、いろんな体験をさせてくれる。それは5分間の白日夢のようなものなのだが、空想を空想のままににしてちゃ誰にも伝わらんが、それを音と言葉とメロディとアレンジとして「定着」させたときには「アラ不思議」、自分の空想を誰かと共有できてしまうわけですね。

 これこそ「現実化」なわけである。そういうのがまたさらに楽しいわけ。そしてそんなときは右脳・左脳(うのーさのーではなく、みぎのう・ひだりのうと言おうじゃないか。なんでもかんでも縮めりゃええっちゅーもんちゃうぞ!!!)のバランスが見事にとれ、クスリとかセックスとか、まあなんでもいいや、とにかく気持ちいいーとされてるものよりももっと・なカタルシスがある。免疫機能も随分上昇しているはずなのである。ぜぇったい風邪なんかひかない、そんな時は。ナノ・プローブが全身を駆け巡ってる感じよ(トレッキーでない方にはわからん例えだが)。

 そんなことを常々思いながら、まあぼちぼちやってきたのだけど、そしてぼちぼちやっていくのだろうけども、その結果の集合体を「脱国境音楽」と呼んでいるのだけども、それはアメリカだけが外国ではないからだ。そしてすべての土地にPOPは存在し、それで儲けたろ・と思うヒトビトの数と反比例して、ピュアな音楽が残っていたりする。一概にそれで儲けたろ・が悪いとも言えないのだが、それが硬直したシステムと化しているアメリカや日本の現状を鑑みるにあたって、「まあ・あんまりよろしくないのでは・・」と言えると思う。

 日本人として世界の音楽をただパクるだけでは芸がなくて、そこで主体性を持ちながらその音楽に「混ざっていく」ことがいいのだ・と思う。だからポルトガル語もスペイン語もフランス語ももちろん英語も(まあここまでが今の自分の限界と言えば限界)ちゃんと歌える。映画「クアトロ・ジアス」の封切りフロント・アクトとして今は亡きシネマアルゴで「ルイズ・ゴンザーガとカエターノ・ヴェローゾとピシンギーニャ」を歌った際に司会の日系ポルトガル人のFMCOCOLOのDJの女性の弟がついさっきオオサカに着いて、いきなり姉に会いにきた場がその映画館だったのだが、その彼が自分の歌で「泣いた!!!」というのは自分の中ではプライドとなりました。客席からは「浪速のカエターノ」「浪速のルイズ・ゴンザーガ」との声が上がったことに関してはこちらがちょいと面映いながらも舞い上がってしまったけどね。

 音楽は知れば知るほど面白くなる。そしてこの地球上のヒトビトに対する「愛」を感じるようになる・ごく自然に。だからJPOPばっか聴いてるやつは、未来がない・と思う。犯罪者予備軍と言ってもかまわないと思う。合掌。

 そのような人間が制作する「ラフレシアン・コムプレックス VOL.1」@FANDANGO。6.13と迫ってまいりました。みなさん、チケットはもう手にいれましたか? TODO O MUNDOでも売っています。06-6336-5885
2539588_1420650346.jpg「浪速のカエターノでしたー」

 
posted by 浪速のCAETANO at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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