2011年04月02日

母親と奈良へ

 ガン後5年で医者からお許しが出て、お袋が墓参りついでに来阪していた。

 墓参りだけでないのはわかっていた。で、奈良へとサーブで連れて行った。

 櫟本の祖父祖母叔父の墓を寒風の中参り、実家の通りにあるお袋の同級生宅にお邪魔。

 その後矢尾先生宅へ。矢尾さんはお袋の「句」のファンでもあり、同郷出身、お袋の高校でその後教鞭を取っていたという方である。文筆・演劇・小説を志した方でもある。

 矢尾さんの作られた演劇の中にお袋の高校時代のものがあり、そこには「寺山修司」「丸谷たき子」「堀内薫」というキャスティングがあるという。少し驚く。

 堀内薫という人は橋本多佳子から俳句「七曜」の主宰を引き継いだ方である。その人はうちのママの「高校の先生」で文芸倶楽部の顧問でもあった方で、当時、お袋たちは堀内先生の指導のもと、各地の高校生俳人と連絡を取り合い、寺山たちと雑誌「牧羊神」を出す。なんとも「恵まれた環境」だが、お袋と寺山の関係は、ある事情があってほとんど関係者も知らない。その事情は割愛するが、しかし、断片的に漏れ聞く話、家にある寺山の「短冊の句」「早稲田の受験票」などはなかなか想像力を刺激するわけである。

 そこから現在の七曜・主宰の多佳子の四女・橋本美代子邸へと廻る。

 お袋は事故もあり、ガンもありで、こんな日がまた来るとは思えない状況だったので、歓喜に溢れていた。美代子先生もまた喜んでくれていた。91歳のご主人もいい感じで初見であるにもかかわらずいろんな話をおれにしてくれた。

 しかし、たった一日なのだが、うちのママの「入った」時のエネルギー量というのはものすごく、なんとなく周囲の人間を圧倒するのだが、特に「おつき」の人間のパワーの出所をそのエネルギー膜で覆ってしまうようなことになり、さっきからおれはなんだか「呼吸が苦しい」のだった。

 それは矢尾さん宅から始まっており、おれもなんだか「過敏」になっていて、お袋が話をすればするほどシーベルトが上がるのである。なにかが溜まっていく・エネルギーが密閉されて水素爆発寸前な感じなのだ。

 「もー限界」というところで、行動に出ることにした。

 「いろんなお話ありがとうございました。お返しに一曲歌います」

 なんだ・それ?
 
 「一曲歌います」

 サンバがサンバであった頃から・を歌う。最初、みなさん目が「・」になっていたが、最後には楽しんでくれていた。

 あー・すっきりした。

 お袋の懸案事項も解決の方向性が見えたみたいで、親子共々「すっきり」でめでたてしめでたし・であった。反則技いっぱい持ってる方がいいね。

 ご主人と抱き合って、橋本先生宅をあとにする。

 今夜は弘仁寺という真言宗の寺に泊まることになっている。山の中であって、この闇は古代のままかもしれない。

 精進料理で熱燗と赤を一本空け、寝る。

 翌朝、つくしが旨過ぎて、アホの三杯メシとは久しぶりの暴挙である。あの喰いっぷりを見られた以上、お袋には「おれもう死ぬ」は通用しないな・とハラをくくる。

 近くにある堀内先生の墓へ。「大善院教学薫導禅定門」とある。

 正暦寺へと廻って堀内先生の句碑を見る。
110327_1044~02.jpg

 「太陽の 火の粉となって 鳥渡る」 薫

 あやめ池へ行ってくれ・と言われる。行くよ・どこでも。

 50年ほど前にお袋が句を書きに通っていた、橋本多佳子の家があり、もう人は棲んでいないのだがどうしても行かずにはいられないらしい。かなり前の話で、家もたくさん建ってしまっていて、しかし「蛙股池」がわかればわかる・と言うので、交番で訊く。かえるまたいけ・って・・・村上春樹小説の登場人物になった気がしたが、そんな余韻に浸る間もなく、「あ・ここここ」と言う。なだらかな坂を上っていくと大きな赤松の木が見え、その家はあった。

 聞けば、裏庭の縁側に座り、句を書いていたと言う。そこから目の前にせり上がる崖は「多佳子の崖」と言うのだそうだ。「ほう」としか言えないのだが、しかし、あやめ池と言う街はいい街だった。棲んでみたい気がしたよね。
110327_1221~01.jpg110327_1220~02.jpg 

 そして西大寺へ。

 目と鼻の先である。奈良の路もだいぶ「理解」だ。

 西大寺は「幻の七重の塔」の敷石がある。多佳子・薫の句碑もある。
110327_1308~01.jpg

 「いなびかり 北よりすれば 北をみる」 多佳子

110327_1314~01.jpg

 「牡丹雪 水に映りて 水に入る」 薫

 いい寺だ・と思う。人も少ない。ゆっくり訪れたい・と思った。

 おれ・奈良のこともよく知らない。知らないことだらけである。しかし、もう路はかなりわかったし、明日香〜奈良への宿坊泊まり歩きの小旅行を敢行したくなった。梅雨までの気候のいい頃にしてみようと思う。

 お袋は「取材」のためもうしばらく奈良に残る・と言う。

 おれはライヴのリハがあったので一人で第二阪奈で帰ることにした。

 
 

posted by 浪速のCAETANO at 11:09| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック