2011年05月20日

順序・ってある

 連日の朝帰りで、さらにソファ寝でカラダのあちこちが痛い。自業自得。

 しかし週末も、反省なくそんなことが続きそうなのだが、空気の爽やかさがヒトを救う。中間テストはヤマが終わり、本日・明日と新高一の子が、スポットで教えてと来るだけなのでお気楽人生だ。

 しかし、突然なんだか難しくなるよね。お勉強のことですが、高校生になると、論理性がいきなり要求されるとこがある。そこに戸惑う子たちも多い。しかし、そろそろそんな時期でもあって、そうであっても良いかな・という気もする。

 基本、子供というのは、自分もそうだったが中二の夏ぐらいまでは「リアルに」子供だったりする。そんなやつらも中三ともなれば、いっぱしに高校談義というようなものを始め、紆余曲折の一年を経て、めでたく新高校生となっていくのだが、おれが思うに「高校受験」ってのが、ヒトの成長過程においてはいいポイントだな・と思う。カラダ先行で、アタマが後からついて行く・そんな気がしているからだ。

 オトナのカラダへ近づくとアタマもややオトナに近づいてくる。不思議なことだが、ナチュラルでもある。中二ぐらいまで「うんこ」とか言ってたヤツが突然男女ともちょっとした「憂いのかけら」を表情から感じさせ、どきっとするのもそんな時だ。

 だから、高校受験ぐらいのタイミングって15歳だけど、そこがもっともそんな「ちょっとした試練」にはベストだと思えるわけ。

 おれはそんな理由もあって、中学受験には関わり合いたくない。小学生にお勉強を詰め込む際に(ほんとに詰め込まないと受かんない)、なぜこんなことをやらんといかんのか・ってのを自分が決して説明できないと思うからだ。

 それは完全なる「アタマ先行」の出来事で、実感に乏しいままに知識を詰め込んで行くということだけど、結果オーライであってもなくても「イヤなガキ」が出来てしまう・と思う。

 豊津時代にたまに電車に夜乗ると、十三から「子供集団」が乗り込んできて、車両をまたいで走り回ってチョーうるさかった。いわゆる「浜ガキ」だが、そこから分かれた「希ガキ」というのもいて、あ〜あ・だったのだ。今は両校ともあっちこっちに出来ているから「各私鉄沿線」に分散されているが、当時は十三が「中学受験」のメッカだった。

 やつらにしてみると、そこしか「遊ぶ場」がなかったわけよね。家帰るとすぐ「塾」であるし、それが夜の10・11時まで続くとなると、きつい仕事のサラリーマンみたいな拘束のされ方をしてたということだし、解放されて泥酔しつつ、OLのケツ触るの子供版が、その車両またいでの大騒ぎだったわけよね。

 中学受験での燃え尽きのバカたちいっぱい見てきて、そしていっぱい救ってもきた・と思ってるのだけど、「かつての秀才」の思い出
が変なことにならずに生きていっていただくことを祈るばかりだ。

 さて、そろそろだ。


 順序・
順序
posted by 浪速のCAETANO at 15:01| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック