2011年06月22日

夏至に

 6月も後半に入り、今日は夏を思わせる日差しと気温だった。さすがに夏至。

 なんとなく「節電よなあ」と思い、扇風機オンリーでやっていたが、中三女子から「ブーイング」が出そうであるから「クーラー」を「ドライ」にして入れている。

 おのれらの体温の高さを根拠かどうかかは知らんが、来た瞬間に「あっつ」などと口走られるとこちらも「むかっ」とくるわけである。だから一応クーラーは「稼働」させている・という事実が大切なのだ。

 そんなこと言わない子たちもいるのだが、この地の中三女子、なんというか、梅田の近くの下町のやはりいいとこも悪いとこも環境となってしまっていて、あんまり出会ったことのないタイプで、まあなんというか非常に「ナイーヴ」の逆・な心象風景が見える。とはいえ、やはりもちろん中三でまだまだ子供っぽいところもあるんだけど。かかる医者は「小児科」である。ほとんど「犯罪」の気配がある。どーなの・それ? ま・いいか。

 これって、毎年のことで、このような「精神的(たまには肉体的)葛藤」を経ながら「関係」というのができていくのだった。「信頼関係」なんて、年度の初期には「今年こそ・無理かも・無理や」なんて思うのだが、そこから知らん間に「出来て」くるのだ。うちの塾は「塾らしく」ないから「形」というものを極力排しているからマイナスの方向に行くときは余計にそうなる。もちろん逆も真なり・ながらね。

 早い話、こちらが「元気」かどうか・だけなのだけど。

 塾なんて「地べた」よね。これ・実感である。地べた這ってるようなものですよ。晴れて合格・入学した暁にはみなさん・新しい学問に・あるいは新しい生活に身を委ねるのだけど、「受験期」なんて基本「何者でもない」んだからね。ゲル状の精神状態です。そんなぐちゃぐちゃな精神状態のものを相手に物理法則を・歴史的事実を・英語の構文を教えるわけだから、「恐ろしいことをしてる」なんて思うこともある。あまりの「かけ離れ度」に対してだけど。そうなると「受験のために割り切って」などという態度はそれなりに一理あるな・ということになる。こころをシャットアウトして勉強すればいいのだから。

 それがおれ・できなかったのよね。それができてれば、現役東大なんてことになるのだが、当時は「いい大学に行くのはひょっとしていけないことではないのか?」などと悩みつつ受験勉強をしていたからか、今ひとつ身が入らなかったのよね。

 受験と社会の関係に於いては、今はもっと単純である。将来いい思いをするための受験・自分だけが・でコンセンサスができていて、特に40代のおかーちゃんたちの「すさまじいまでの「全部欲しい」」にはこちらが参る。おれたちだとまだ「若きウェルテルの悩み」があったのだが、10歳違うと、「何を先生・甘いこと言うてるの!!!」となる。ヒトを蹴落としてでも・である。

 そんな即物的でいいの?とおれは思うが、そんなこと言うてられん・というのがみなさんの本音・だ。新自由主義。

 さてさて、そんなことを言っても、試験は近づく。わかりやすいプリントを作ろう。そんなことでこぼれていっちゃうと、今は特にろくなことがないからね。

 メキシコの薔薇。

 

 
posted by 浪速のCAETANO at 15:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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