2011年06月23日

今日は完全に夏

 梅雨はまだ明けん・とは言うが゛「明けるのではないか」と勝手に思う。明けたり戻ったり・ですかね。

 最近の「再評価」はJAMES TAYLORだなあ。今も聴きながら・である。今日は、「SWEET BABY JAMES」。「MUD SLIDE SLIM」に負けないぐらいの名盤である。「フォーク」の一言では何かを見失うことになる。先人は偉大なり・だ。

 ダニー・クーチとのギターの掛け合いがすばらしい。ロックともフォークともブルーズとも言えない・そしてそのどれでもある・そんな演奏が繰り広げられる。

 雨の日曜日なんかのメランコリックな気分にすごく良いと思えるのだが、生憎本日は真夏日の木曜日。まあいいのだ。1970年のアルバム。音楽は「音源」じゃないです。もちろん「音圧」でも。まだわからんか・そこのキミら。

 シンガー=ソングライターの時代だった。キャロル・キングやニール・ダイアモンド、CSN&Yの人々もそう。そしてディラン。アメリカがなんだかぴかぴかに輝いていた。彼らは哲学者のようでもあった。すくなくとも学者以上だった。権威に「コンチクショー」なんて気概がある時代だったね。今は権威に「ごめんちゃい」あるいは「ポチのワン」だ。

 スタートレック・ヴォイジャーに、ある時代には最高の科学者が、異なる時代にはまり込んでしまって、そこではホームレスをしているなんてエピソードがあるが、ヒトと時代の相性ってやっぱあるでしょう。自分がそんなでないことを祈るばかりだが、どうもそんな気もするが、立派なプロレタリアートになるしかないか・だったら。

 おれはマルクスの考えは、今の高度に洗練された資本主義のカウンター・あるいはそれを乗り越えるものとしておおいに振り返られるべきものだと思うなあ。20世紀初頭ではなく21世紀の今こそ。

 百年殺し。

 思えば、この百年はただ盲目的に「進歩」を是としてやってきたあげくのこのザマ・ってことをよーぉっく考えんといかんよね。音楽でいうなら、パンクの頃から「NO FUTURE」だったわけよ。テクノも最初はすごくシニカルな姿勢を持ってた。クラフトヴェルクなんて立派だった・と思う。パンクの売れセンとパンクの延命・が事態を悪くしたと考えてる。そのコンセプトはすばらしくとも、それをみなさん真似することによって、「どひゃー」なことってある。YMOってひょっとしたら・・・・・・などと思ってたりする。

 そこらへん「権威」だから批判したら殺されるかもしらんけど・なんちって。

 しかし、「いらん進歩」がというか進歩史観のようなものが事を悪くしてる・とは言える。

 おれたちもパンクのとこでもうすこしマジに考えなくちゃいけなかったのだ。マーケットが反応しちゃったからね。マーケットなあ。

 現在の奴隷のような精神状態の芽はそこにあったもんね。

 「何を言うんですか・アナタ・私たち・こんなに自由じゃないですか・今」と言うヒトはいるこたいるだろう。「それ本気ですか?」とじっと目を見て問いつめたい。

 自分のライヴの事を考えなきゃいかんのだが、アタマがぜんぜん廻らない・ううう。


 南部を目指す・のだが。THE BANDは「プログレ」である。
 

 
 
posted by 浪速のCAETANO at 15:35| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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